「頼みにくい仕事、嫌な仕事には2種類あると思います。まず、自分がやりたくないので代わりに誰かにやらせようという仕事。これはもちろん、人に任せてはいけません。もう1つは、自分はやらなくてはいけないが、自分ひとりでは絶対にできない仕事です。このときの仕事がまさにそれでした」
総会屋担当というだけでも普通の銀行員には気が重い。しかもこのときは、融資の回収まで視野に入れた、きつい汚れ仕事を担わなければならなかった。
「最初、メンバーには仕事の全体像を明かしていないんです。徐々に環境に慣れてもらって、そのあとで、苦しい仕事に乗り出してもらうというステップを踏みました。だから『だましてごめんなさい』といったこともありますよ」
結局、そのときのタスクフォースは総会屋との関係遮断という大仕事を成し遂げる。しかし、江上さんはなぜ、最初の時点で「やるべきこと」の全体像を示さなかったのか。
リーダーとしての覚悟を見せるのが先だと思ったからだ。それには100万言を費やすよりも、行動である。
「部下は見ていますよ。この上司は自分の評価を高めることしか考えていない。見栄えのいい仕事を上手に取っていって、悪い仕事はみんな部下に回す。そういうことを恐ろしいくらい見ています。難しいプロジェクトに入るときはなおさらです」
だから信頼醸成のために、まずは言葉による説明を封印した。背中を見せ、決意のほどを示したのだ。
「まずは自分が覚悟する。絶対に逃げないと覚悟するのです。そして部下が10仕事をやるなら、自分は20。部下が10の責任だったら、自分は20の責任を負う。そういう姿を見せつつ、やるべきことを徐々に伝えていきました」(江上さん)
言葉だけではない。人を動かすには、行動もまた大切なのである。
【○】B社から問い合わせがあって明日までに対応しなきゃいけなくなった。この作業はおまえにしかできないんだ。
【×】C部長が明日までにやれと言っているんだ。悪いけど、お願いできないか。
井上高志
1968年、横浜生まれ。青山学院大学経済学部卒業後、リクルートコスモスに入社。97年にネクスト設立、現職。同社は2006年、東証マザーズ上場(現在は東証1部)。
江上 剛
1954年、兵庫県生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業後、第一勧業銀行に入社。2002年に『非情銀行』で作家デビュー。近著に『55歳からのフルマラソン』など。