「逃げること自体が不正義だ」

つまりそれは、顧客情報漏洩の事実が警察経由でマスコミの知るところとなって、ネガティブ報道が吹き荒れるリスクを覚悟するということ。それでも、犯してしまった事実を隠さない。嘘をつかない。悪への利益供与は一円たりともしてはならない。

僕と役員たちはそんな意思統一をしました。そして、お客様の被害を最小限に抑えることが最重要事項だという結論に至ったのです。

ソフトバンクは、その直前に「ヤフーBBは申し込んでも、何日も繋がらない」と、マスコミに四方八方から叩かれたばかり。その後なんとか順調に繋がり出した矢先の事件発覚でした。

せっかく軌道に乗り始め、高まっていた「いよいよブロードバンドを広めよう、攻めよう」という機運を台なしにしてしまうことになる。しかし、身から出た錆は自分で処理するほかありません。

事件は、世界中に報道されました。国内の新聞は一面トップです。NHKのニュースなどでも大々的に報じられました。そんな中、海外出張中だった僕はすぐさま日本に戻り、記者会見に臨みました。

当時、役員のほとんどは、社長が会見に出るとさらに非難が高まるから、担当役員あるいは副社長レベルが説明すべきだという意見でしたが、僕はこう言いました。

「ここで逃げるわけにはいかない。ここで逃げると、いつまでも収まらない。逃げたこと自体がもう不正義だ。僕が出席し、すべての質問にきちんと答えるべきだ」

2004年2月27日、記者会見で頭を下げる孫社長(中央)。(写真=共同通信)

2時間15分。記者会見は異例の長さとなりました。冒頭で「お客様にご迷惑をおかけしたことを、心よりお詫びいたします」と頭を下げ、記者の質問にすべて答えました。「もうこれ以上質問はないですか?」。何度も確認して、もうないという状態になるまで続けました。しかしその後は予想どおり嵐のような報道で、ボコボコにされました。

会見を開くだけでなく、お客様にお詫びの気持ちを表すために、情報漏洩のなかった140万人の会員も含め合計590万人に対して1人500円分の郵便為替を送付しました。かかった費用は総額約40億円。ソフトバンクというブランドを傷つけ、大きな損失をしましたが、僕たちがお客様のケアを最優先とした判断は決して間違っていなかった。今もそう思っています。