やみつきになる魅惑的な酸味

酸っぱい。この瓶のものがそうなのか、過夏酒なるものがそうなのか、わからないが、それが第一印象で、ふた口飲んで、酸化か、劣化か、変質か、と考えた。

清酒は発酵を進ませたまま放置すると酢になってしまう。かつて冬季しか仕込みができなかったのも、そこに起因していた。だが、この酸味は、酢のように強烈ではない。果物ともちがう。頭をひねりつつ、杯を重ねるうち、この酸味になじんできたらしく、そう酸っぱくもないぞ、悪くないよ、などと呟き、

「いや、これは旨い。やみつきになるぜ」

独り悦に入って、注ごうとしたら、もう空であった。内容量700ml。

その頃、私は市のスポーツ施設に毎週1回の割合で通っていた。むろん、痛風対策で、減量するためである。

マシンを使ってのジムワークなのだが、使用上のルールがあって、ストレッチをした後、エアロバイクでウォームアップしなくてはならない。そのバイクはデータをプリントアウトできるようになっていた。

「95年9月1日、スタート負荷値90w、トレーニング時間24分、平地換算走行距離9.2km、消費カロリー146kcal」

ごていねいに手帖に貼ってある。こういう性格も痛風の発作となんらかの関係があるらしい。(※個人の感想です)

2時間たっぷり運動して、消費カロリーがどのくらいになるのかは別として、気分はすっきりする。体重も1~2kgは減る。が、すぐに戻る。汗をかいた後のメシは一段とうまい、からにほかならない。そういう虚しい努力を4、5年間も続けたであろうか……。

人生の夏も遠く去り、ふと、飾ってある過夏酒の白磁に目を落とすとき、昌徳宮の路傍に咲いたホトトギスに初秋を見つけた喜びとともに、あの酸味が懐かしい。いまとなっては、あれこそが本来の過夏酒であってほしいと念じる気持ちのほうが強くなっている。

(佐久間奏=イラストレーション)
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