うなぎ串焼き屋の思い出

土用の丑、だからといって気軽に食せるほどウナギは手頃な代物ではなくなった。

国際自然保護連合がニホンウナギを絶滅危惧種に指定するまでもなく、何年も前から価格はウナギのぼりで、和牛にするかウナギにするか、というレベルの高級食材だ。

昔は安くて旨い串焼きを食わせる店があった。もう35年前になるが、加藤仁さんに連れられて、「うなちゃん」に入った。小田急線の線路沿いにひっそりと建つ平屋で、西へ5分も歩けば向ヶ丘遊園駅である。

店は初老の女将がひとりできりもりしていて、ウナギの一口(蒲焼き)、ひれ(背鰭)、かしら(頭)、きも(内臓)、えり(カマ)の5本セットが800円という嬉しい値段で、しかも美味い。かしらは圧力鍋で煮込んだのであろう、鮭缶の中骨のように柔らかく、滋味に満ちていて、臭みなどまったくない。

特別メニューがレバー(肝臓)で、ついに1回しか口にできなかったが、そのとろりとした食感は忘れられない。レバーは一尾に一個しかなく希少で、開店と同時に売り切れるのよ、と女将が言っていた。お通しに出されるキャベツの塩漬けは、夏場には胡瓜、冬場は柚子などが混じるほか、しごくシンプルなのだが、塩加減が絶妙で、無料をいいことに何回もお代わりしたものだ。

1980年3月22日、加藤さんが処女作「現代サラリーマン事情」を中央公論社から出版されたのを記念して祝賀会を、ともちかけたところ、加藤さんご指定の会場が「うなちゃん」で、この時期にしては珍しく雪が降り積もり、忘れられない一夜となった。

温厚な加藤さんだが、仕事には厳しく、私はいつも、なにがしか叱られ、

「ほんとうにわかった? 糠に釘だよ」

などと、とどめを刺されるのだが、私にしてみればすべてご指摘通りで、一言も反論できなかったのである。それも、今となっては有り難く、なんと情愛の籠められていたことか。