エゴマの葉と「過夏酒」
東京には秋がない、とかねがね私は言い続けているのだが、むろんだれも取り合ってはくれない。秋がないのだから、晩夏も初秋もありはしない。それでも、街角でキンモクセイの香に触れれば、鼻腔と前頭葉あたりが機敏に季節の移ろいを感じて、過ぎ去りし夏への郷愁に駆られ、つい、一杯、といきたくなってしまう。
「過夏酒」と出会ったのは、95年秋9月であった。
たまたま韓国へ用事があって行き、韓国家庭料理の店へと案内され、着席すると、ばかでかい鉢が出た。見るとマッコリがなみなみと張ってあるのへ割り瓢箪が浮かべてあり、それで掬って碗で飲めという意味らしく、こんなにたくさん呑んでいいのかい、ともうご機嫌だ。そのマッコリが酸甘ほどよく調和し、のど越しも軽やか、掬って飲んで、出てきた青紫蘇の袱紗物をつまんで噛めば、なんと紫蘇にあらず、ミントとコリアンダーにルッコラを加えたようなさわやかな香草で、聞けば「エゴマ」だという。
福島・会津に「じゅうねん味噌」なるエゴマの実を練り込んだ甘味噌があって、ふろふき大根によく合うのだが、その葉は福島出身の友人によると硬くて食べられないとか。
「エゴマの葉を漬けたキムチもありますよ」
通訳に教わり、後日、焼き肉屋で遭遇して感激し、南大門市場で仕入れて土産にした。
ほかに土産として某大学教授から戴いたのが、瓢箪のフォルムをした白磁に呉須の青も厳かに漢字で「過夏酒」とあり、両脇に「金泉 伝統民族酒」、「無形文化財 慶北第十一号 宋在星」、下に小さく「薬酒」ともあった。「度数16度」と吟醸酒なみの濃度である。
白磁の蓋の下はコルクで、抜いて盃にそそぎ口に含んで、
「うっ」
思考動作がいったん停止してしまった。
「これは、いったい何?」