初期投資は大きいが伸びしろも大きい
田中社長が投資した時はまだ歴史的な円高から、やや円安にふれてきたとき(1ドル90円)だが、それでもいまから思うとよいときだった。
むろん苦労はある。経理事務を採用すると、彼(彼女)らは、事務所の掃除など絶対にしない。「それはメイドの仕事だ」と言い張るのである。たしかにフィリピンの社会風土はそうである。そのようなことを含めて、従業員に仕事を教える苦労や、定着させる苦労など、あれこれ聞きながら、でも「手の打ちようのある苦労」はできるものだ、と思った。
駐在員はセキュリティのしっかりした外国人向けのマンションに住み、田中社長は定宿ともいうべきホテルに泊まる。通勤はアセアンではどこでも同じだが、運転手がパッケージされたレンタカーを会社で借り切っている。
初期投資はけっこう大きい。しかし、それにもかかわらず仕事の開拓先はあるし、マーケットとしての伸びしろもある。またインドネシアやタイのように、年に50%もの賃上げが押し寄せたりもしない。
日本から海外に進出している中小企業の撤退率は3%から4%の間(「通商白書」2013年)である。事前の調査と、経営努力によって、生存率はけっこう高いといってよいだろう。
中沢孝夫(なかざわ・たかお)●福山大学経済学部教授。1944年、群馬県生まれ。高校卒業後は郵便局に勤務。全国逓信労働組合本部勤務を経て立教大学法学部に入学し、93年に卒業。姫路工業大学(現兵庫県立大学)環境人間学部教授、福井県立大学経済学部教授などを経て、2014年より現職。中小企業経営論、ものづくり論、地域経済論などを専門とする。社団法人経営研究所シニアフェローを兼務。主な著書に『中小企業新時代』『グローバル化と中小企業』『中小企業は進化する』『中小企業の底力』など多数。