丸腰では虎と対峙できない
前置きが長くなってしまったが、「清華大学シュワルツマン・スカラーズ」設立の背景をひも解くと、佐々木が留学した意義が見えてくる。
「嫌いだからと扉を閉めてしまっては何も生まれないし、こんなリスクはない。だから、まず“大きな虎”の政治システムから、中国共産党と経済がどうリンクしているのか? どう経済が動いているのかを皮膚感覚として知りたかった。とても丸腰では“大きな虎”と対峙できないと思った」
昨年11月、国会での高市早苗首相の台湾有事をめぐる発言をきっかけとして冷え込んだ日中関係が現実としてある状況であればこそ、佐々木のロジックの重要性、真っ当さが際立つように見える。
ネット上での炎上、累は家族にまで及び、佐々木は母から本当にこの挑戦が必要なのかと、涙を流しながら心配された。その姿を見て、自分の挑戦が家族の生活に与えている影響の大きさをひしひしと感じた。
「母を泣かせてまで……。けれども、こうしたことがあってより決心が固まりました。『私は、挑戦し続けたい』と」
佐々木に強い決心をもたらしたのは母の涙の懇願だけではなかった。実を言えば、佐々木に向けられたネット上での誹謗は、清華大学への留学経験だけにとどまらず、佐々木が“29歳という若い女性”であること、そしてその努力し積み上げてきたキャリアそのものへ向けられてもいた。
「若い女に騙されるな」という日本社会の歪み
佐々木が出馬に向けての記者会見を終えた直後から、ネット上では、
「若い女に騙されるな」
「自分賢いでしょ? 感が出てる。聞いているだけでムカつく」
このような明らかに女性を見下し、努力して積み上げてきたキャリアそのものを差別の対象にし、若さを侮蔑の対象にするような書き込みで溢れた。
佐々木は言葉を失うほどショックを受け、悲しみ、しかし立ち上がった。
「こんな書き込みに負けるわけにはいかないと思った。私が作りたい社会は、何かを変えたいという若者が挑戦できる、チャレンジできる社会であり、それを応援できる社会です。性別や年齢は関係ない」
自らが撤退すれば、侮蔑的な差別、偏見に屈したことになってしまう。それは絶対に許せなかった。
「努力する人を、何かに挑戦する人を、頑張る人を応援する社会を私は作りたい」
選挙は俗に“地盤”“看板”“カバン”という。つまり選挙に勝つには「組織票」「知名度」「資金力」の3つが必要だと言われる。
佐々木は母の里帰り出産によって長崎県島原市に生まれる。父親の仕事の関係で、宮崎市、諫早市、そして関東の宇都宮市、横浜市など転々とした。祖父母が暮らしていた福岡には幼い頃から年に何度も訪ねては滞在をしていた。大学時代の4年間に加え、コロナによって渡航できなかった大学院時代もこの街で過ごした。
東京に一度就職してからも福岡に帰りたい思いが募り、会社の福岡オフィスを立ち上げ、福岡に戻った。福岡は佐々木にとって愛着の深い、思い出の地であるが、“地盤”といわれる組織票は期待できない。残る2つの、知名度、資金力も期待はできない。いわば、“ハイリスク、ローリターン”と思われる市長選挙出馬へと佐々木を突き動かしたものは何だったのか?

