あまりに手軽すぎる首相のSNS発信
政治は本来、政治家のためにするものではなく、国民のためにするものである。ならば、首相としては国民と直接にふれあい、肌感覚を通して国民が何を求めているかを知る必要がある。そうした努力を積み重ねてこそ、日本を明るくすることができるはずである。
かつて人気を博した首相の代表といえば、田中角栄氏であり、小泉純一郎氏である。田中元首相は、全国をこまめにまわり、有権者の手を直接握った。「一度会った人間のことは覚えている」とも言われた。
小泉元首相は、そうしたスタイルではなかったが、テレビや記者会見を通して国民に直接メッセージを伝えようとした。
高市首相には独特の考え方があり、それが今のスタイルに結びついているのかもしれない。だが、SNSでの発信はあまりに手軽すぎて、そこに努力の跡を見いだすことが難しい。
直接に接しなければ、首相が国民の気持ちを明るくすることはできない。麻生氏もまた、そうした努力を行っているようには見えず、陰で高市首相を操っているというイメージである。
天皇家の積極的な国民との交流
それにひきかえ、天皇や皇族は、実に積極的に地方へ出向き、国民との交流を果たしている。
そうしたことは、憲法や法律で定められた義務ではない。それは天皇や皇族の自発的な意思に基づくものであり、戦後の皇室の基本的な方針になっている。
その戦後における始まりは、「昭和天皇の戦後巡幸」に求められる。しだいに長期に連続して行われるものとなったが、その目的は、敗戦によって意気消沈し、復興に努力しなければならない国民の心を少しでも明るくするためであった。
それはさらに、明治天皇にまでさかのぼるもので、大規模な巡幸は「明治六大巡幸」と呼ばれた。この精神が、昭和天皇に引き継がれ、現在の皇室のメンバーにも受け継がれているわけである。
高市首相がその点に目を向け、努力するならば、国民が何を望んでいるのか、それをはっきりと知ることができるはずだ。
もし首相が地方を訪れ、自分を歓迎してくれた国民に対して、「今回の皇室典範改正で、日本に明るい未来が訪れるのではないでしょうか」と尋ねたとしたら、必ずや、「なぜ、愛子さまは天皇になれないのでしょうか」という疑問が返ってくることだろう。

