本田宗一郎や孫正義と同じ「大ボラ」
世界一の投手になる
「Number」1134・1135(文藝春秋)
「日本一になるなどと思うな。世界一になるんだ」はホンダの創業者・本田宗一郎の言葉です。
まだ会社は社員50人あまり、給料も遅配がちな小さな会社でしたが、それでも本田は社員に向かって「日本一になるなどと思うな。世界一になるんだ」と檄を飛ばし、やがてオートバイで世界一の企業へと成長します。
ソフトバンクグループを率いる孫正義も会社をつくって間もない時期、まだアルバイトが二人しかいないといった頃から「天下を取る」ことを公言していますが、どうやら人間というのは頑張れば手の届きそうな目標よりも、はるかに大きな目標を掲げた方が良い結果が出ることもあるようです。
かつてある高校の野球部が、県大会のベスト8を目標に掲げていた頃は思うような結果が出なかったものの、思い切って「甲子園優勝」というとてつもない夢を掲げたところ、やがて県大会を勝ち抜き甲子園出場を果たしたという話を聞いたことがありますが、掲げる目標の高さによって人間の意識や行動は確実に変わるのです。
プロ野球選手の中にはリトルリーグやボーイズリーグ時代から活躍して、日本一、中には世界一を経験した選手もいますが、山本由伸にはそうした経験がないばかりか、甲子園にも出場していません。
言わば、日本一とは縁遠いところにいたわけですが、オリックス・バファローズに入団して、トレーナーの矢田修の指導を受け始めていた頃には世界を意識していたようです。
矢田は言います。
「今とはレベルが違いましたけど、見ているところには『世界で一番のピッチャー』がありました。だから、そういう基準で話が進んでいきましたよね」
世界で一番のピッチャーになるためには、世界を圧倒するようなボールを投げる必要があります。強い速球と、強くて多彩な変化球。それらを自分のものにしようと、山本は矢田とのトレーニングに励むことになります。
やがて山本は投手4冠を獲得、沢村賞やMVPを受賞し、チームも日本一に導いたことで「日本一の投手」と呼ばれるようになりますが、そこからも決して手を緩めることはなく、ロサンゼルス・ドジャースへと移籍、そしてここでもワールドシリーズ2連覇の立役者となります。
ドジャースへの移籍が決まった時、山本は矢田に「世界一の投手になる」と書かれたユニフォームを手渡したといいますが、その夢は現実のものとなりつつあります。
目指すなら「世界一」。それが山本の追い続ける目標なのです。
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