10月から「普通のおじさん」に

この「プレジデント」の発売日、9月27日は、自民党の新総裁が決定する日でもある。私は小泉内閣で首相秘書官を務めた後、安倍、菅、岸田の3内閣で内閣官房参与を拝命し、首相官邸で仕事を続けてきた。議員秘書時代から数えれば、永田町生活も52年目である。新総裁が決まれば、10月初めには国会で首相に指名され、新内閣が発足することになる。そうすれば私もお役御免で、一般の年金生活者だ。ようやく普通のおじさんに戻れる。これからは、公の立場を離れて、自由な評論活動を行っていきたい。

というわけで私は今、総裁選の各候補の政策論争を眺めながら、官邸の机の荷物を整理しているところだ。

今年で52年になる永田町生活では、秘書の枠におさまらないさまざまな経験をすることができたが、大きな心残りとなっているのが、北朝鮮の拉致問題である。小泉首相に同行した2回の訪朝、そして、私自身が北朝鮮の要人たちと話し合った3回目の訪朝。この3回目の訪朝では、交渉の記録を雑誌に公開したこともあった。いろいろなことがあったが、いまだに北朝鮮に残る拉致被害者の帰国は実現できていない。岸田首相は、首相直轄のハイレベルな協議の意向を示していたが、目立った進展がないまま、退任することになったのは、本当に残念である。

私自身は長年この問題に携わってきたが、首相秘書官として2004年の第2回訪朝から帰国して以来、政府としての解決への取り組みには一切関わっていない。このときの北朝鮮側の回答が、拉致被害者の家族の方々の期待から大きく外れていたからか、小泉首相をはじめ政府側担当者の努力が認められず、帰国直後の説明会では家族会や関係者の方から数時間罵声を浴び続けたことは、思い出すと今でもショックだ。しかし、拉致被害者の方々の帰国を実現したいという気持ちは今でも変わらない。個人の立場でできる範囲で努力していきたいと思っている。

拉致問題への関わりを振り返っていたら、長年、独自の活動を続けている短波放送「しおかぜ」のことを思い出した。「しおかぜ」は、北朝鮮にいる拉致被害者に向けてのメッセージを発信するためのラジオだ。第2回訪朝の翌年、05年に放送を開始、今日にいたるまで、日本語の「ふるさとの風」と、朝鮮語の「日本の風」の2番組で、日本政府の取り組みや、日本や北朝鮮を巡る状況、拉致被害者への家族・友人からのメッセージ、日本の歌などを流している。常に北朝鮮から妨害電波が流されており、北朝鮮国内にまで放送を届けるのにはかなり大変だろうと思う。動画配信サイトには妨害電波をかけられたノイズ入りの放送がアップロードしているので、どのように「しおかぜ」が妨害電波を受けているのか、一度確認してみてほしい。

ラジオを運営する人々に関わったことはないのだが、人から称賛されることもなく、お金儲けにもつながらなくても、信念に従って活動を長く続けていることに親近感を覚えている。久しぶりに放送を聞いてみたら、中学生向けの拉致問題啓発イベントの様子が流れてきた。放送内容は毎週変わるようで、北朝鮮から脱出して海に出た脱北者を想定したのか、「麻薬や武器を持っていたら、日本に来る前に捨ててください」と呼びかける放送もあったようだ。こうした内容で、効果があるのかが気になったが、今も北朝鮮からの妨害電波が途絶えることがないというのは、やはり拉致被害者たちへの影響を気にしているからだろう。公式サイトからは過去の放送を聞くこともできるので、関心のある方は一度聞いてみてほしい。

北朝鮮で外国のテレビやラジオを見たり聞いたりすることは処罰の対象となる。韓国ドラマを隠れて視聴した少年2人が懲役12年の判決を受けたという報道もあった。しかし、情報が閉ざされている中で、それこそ命がけで放送を聞く人も多いという。拉致被害者の曽我ひとみさんの夫、故チャールズ・ジェンキンスさんも、日本のラジオを聞いていたそうだ。

「しおかぜ」については、脱北者や戦後、朝鮮半島出身の夫とともに北朝鮮に渡った日本人の方が実際に北朝鮮で聞いたことがあると証言している。逆に考えれば、「しおかぜ」の放送が途絶えたら、北朝鮮で毎回の放送を聞いている拉致被害者のみなさんを絶望させてしまうかもしれない。

「しおかぜ」はこれまで何度か放送停止の危機に見まわれているが、近年は送信設備の老朽化とその更新などで資金不足が続き、クラウドファンディングを行っている。

今はインターネットによって世界に情報を発信することも容易になったが、北朝鮮国内では限られた人しかインターネットにアクセスできない。そのため、昔ながらのラジオが有効だ。特に短波放送は遠距離に電波を飛ばすことができるほか、北朝鮮の妨害電波対策として、同じ時間帯に2つの周波数を使う二重放送の体制をとることもできる。「しおかぜ」にとってはほかに替えがきかないこともよくわかるが、その性質上広告などを入れることもできないため、やはり運営は厳しいようだ。

(写真=時事通信フォト)

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