なんでもないことで転んだ日

このあいだ、本当に、なんでもないことで転んだの。

特別な用事があったわけでも、急いでいたわけでもなく、いつもと同じように部屋の中を歩いていただけ。

それで、床に積んであった本の束をまたごうとした、それだけのことだったのよ。

昔なら、なんの問題もなく、足を上げて、ひょいと越えられたはずの高さだったわ。本だって、重ねたとはいえ、たいした山ではなかったの。

ほんの少し、足が引っかかっただけだったのよ。でも、その「ほんの少し」が、思っていた以上に大きかったのね。体はわたしの考えについてこなかったのよ。

頭の中では、「足を上げる」「バランスを取る」「次の一歩を出す」と、いつもの順番で動いているつもりなのに、体のほうは、もうその指示を最後までは聞いてくれなかった。

右肩を下にして、どさっと倒れちゃった。音だけが、やけに大きく感じられたわ。畳でもなく、じゅうたんでもなく、少し硬めの床に、体の重さがそのまま落ちていく感覚でした。一瞬、息が止まりました。

それで反射的に、いつものように手をついて、体を起こそうとしたの。でも、すぐには起き上がれなかったのよ。

不思議なことに、怖くはなかった

そのとき、力が入らないというより、どう動かせばいいのか、わからなくなってしまったの。

わたしは、そのまま床に横になったのね。無理に起き上がろうとはせず、しばらくじっとしていたわ。

天井を見上げながら、自分の呼吸の音だけを聞いていたの。

アパートの天井
写真=iStock.com/Madhourse
※写真はイメージです

不思議なことに、怖くはなかった。痛みも、もちろんゼロではなかったけれど、叫ぶほどではなく、ただ「倒れたんだな」という事実が、静かにそこにあるだけだったわ。

「ああ、これか」

床に寝転んだまま、そんな言葉が、心の中に浮かびました。誰かに向けた言葉でも、愚痴でもなく、ただ、自分への確認のようなつぶやきだった。

もし、これが若いころだったら、わたしはきっと慌てていたと思うのね。

「どうしよう」「痛い」「恥ずかしい」「早く起きなきゃ」

頭の中は、そんな言葉でいっぱいになって、周りを見回して、誰かに見られていないかを気にし、必要以上に大げさに動こうとしていたことでしょう。

でも、そのときのわたしは違っていたの。床から天井を見上げながら、とても落ち着いて、心のどこかでこう考えていたわ。

慌てない。ゆっくりね。今はそれでいい……って。

OKOK、大丈夫。

いそがない。いそがない。

ゆっくり。ゆっくり。

OKOK、大丈夫。(これは私の口ぐせ)