陰謀論や差別を広める危険な力にもなる
ところで、ローザ・パークスが登場する物語は、反差別、人種主義への批判といった要素を含んだものであるが、逆に、差別を煽り、事実を捻じ曲げて伝えて極端な政治勢力に支持を集めさせるようなものもあることを指摘しておかなければならない。
文学者のジョナサン・ゴットシャルは、こうした事態に警鐘を鳴らす(※3)。
人々を動かす力としてのストーリーに着目するゴットシャルは次のように言う。科学的根拠や統計的な数字だけでは人々の心は動かない。人々は昔からストーリーに愛着を抱き、ストーリーによって世界を解釈してきた。社会を変えるような大きなうねりを生み出すには、ストーリーの力が必要である、と。この立場は本書とも同じである。
だからこそ、ストーリーが危険なものになりうるとゴットシャルは続ける。巷に蔓延る陰謀論に目をやれば、その危うさはすぐにわかるだろう。ある特定の民族を差別するレイシズムもまた、このようなストーリーによって伝播する。
※3 ゴットシャル(2022)
ルワンダのフツ族によるツチ族の虐殺
ゴットシャルは、ストーリーがよりよい社会のための連帯の兆しになると同時に、それが虐殺にまでつながる事態を招くと論じる(※4)。
ゴットシャルが挙げている事例は、かつてルワンダで起きたフツ族によるツチ族の虐殺である。ここにおいては、ツチ族はフツ族を脅かす害虫として描かれ、それを駆除しなければならないという宣伝がラジオを通じてなされ、悲惨な大虐殺につながった。
巷に溢れる陰謀論にも同様の構造を見出すゴットシャルは、その威力に対する注意を喚起する。陰謀論もまた、邪悪な勢力によって社会が支配されていると想定するが、これもまた多くの人々にとって受け入れられやすいストーリーである。はっきりした物語の筋、わかりやすい敵役を備えた陰謀論は、「そういえば私の周りにも似たような話が……」、「あの政治家のバックにも怪しい勢力が……」、といった形で、個々人の語るナラティヴへと落とし込まれ、人口に膾炙し、多くの人々に受容されるのである。
なお、敵対する相手を「害虫」だとか「病原菌」などとし、相手が我々の生活や生存を脅かす存在であると規定して攻撃を加える姿勢は、レイシズムに依拠する政治勢力の常套手段であり、ナチス・ドイツをはじめとした多くの事例において見られた事象であることも明記しておかねばならない。
※4 ゴットシャル(2022:175-181)

