「エビデンス社会」への不安

いずれにしても、政策の基準として一般的に用いられるこうした概念は、個々人の経験よりも、広く全体的な傾向をつかむための情報になりがちである。

公共政策が、広く多くの人たちに提供されるものである以上、こういった情報に立脚して進めざるを得ない面があるのだが、政策分野によってはそうした情報だけでは適切な対処ができないケースがあることにも注意が必要だ。

たとえば、障害者福祉政策がそうした事例に当てはまる(※4)。障害者と一口に言っても、その実態は人によって多様である。この場合、十把一絡じっぱひとからげに結果や成果を数値化するようなマネジメントはうまくいかない可能性が高い。

それこそ、抽象的な数字やデータではうまく把握できない実態があり、それらを捨象しゃしょうして対応することは、かえって問題を悪化させることにつながる。

※4 北川(2020)

「それってあなたの感想ですよね?」

ひと頃、人口に膾炙かいしゃしたフレーズである、「それってあなたの感想ですよね?」は、横柄なエビデンス主義の典型として、批判的に言及されることも多い。これは、社会のありとあらゆる事象をエビデンスの名の下に一刀両断することへの違和感がもとになっていると見るべきである。上述した村上の議論が広く社会に受け入れられたのも、その傍証と考えられる。

また、書店にいけば数字に踊らされることの愚かさを説いた書籍がたくさんあることが確認でき、こうした違和感を抱いている人が少なくないとわかる。本書の表題である「エビデンスの罠」というフレーズを見て手に取った人も、違和感の正体を掴むことを期待しているかもしれない。

このような言論の状況を見渡した時、「エビデンス社会」の猛威に対して、それを批判する向きもまた、強まっているのがわかる。では、この勢いに任せて我々は、エビデンスを社会の外に押し出していくことができるのだろうか。これを考えるにあたっては、もう片方にある、エビデンス至上主義とも言える考えにも目を転じる必要がある。