インドの飲み物といえば「チャイ」と「ラッシー」が有名だが、どちらも普及する過程で独自の進化を遂げたドリンクだという。一体どういうことなのか。インド料理調査会著、アジアハンター代表・小林真樹さん監修『一度ハマると抜け出せない インド料理の歩き方』(三笠書房)より背景を紹介する――。
チャイはどうやってインドに広まったのか
インドの飲み物として真っ先に思い浮かぶのが「チャイ」でしょう。茶葉をカルダモンやシナモンなどのスパイスや砂糖、牛乳と一緒に煮出した、いわゆるインド式ミルクティーで、インドのあらゆる地域で愛される国民的飲料ともいうべき存在です。
そんなチャイだけに、古くから飲みつがれてきた伝統的な飲み物のように思えますが、意外にも歴史はそれほど古くありません。
実は、チャイがインドに広く浸透したのは、20世紀に入ってからのことだと考えられます。その大きなきっかけを作ったのが、当時インドを統治していたイギリスです。
今でこそ紅茶の国として知られるイギリスですが、もともと自国での茶の栽培が難しく、長く中国からの輸入に頼っていました。
イギリス主導でインドの茶栽培が本格化
その状況を打開すべく取り組んだのが、植民地インドでの茶栽培です。19世紀にイギリス人実業家がインドのアッサム地方に自生する茶樹を発見したことが、その端緒となりました。
以降、イギリス主導によるインドでの茶栽培が本格化し、アッサムやダージリンに広大なプランテーションが開かれていきます。プランテーションとは、現地などの安価な労働力を利用した大規模農園のことです。
当初はイギリス本国への輸出が目的でしたが、やがてインド自体も有望な茶の市場として捉えられるようになり、イギリスは紅茶の飲み方を広める積極的なプロモーションをインド国内に展開しました。
こうした甲斐あって、紅茶は次第にインド各地に広まっていきます。

