秀次しかいなかった羽柴家
この書状は現存していない。現在伝わるのは、延宝元(1673)年に成立した『武家事紀』など、後世の史料に収録された写しと考えられるものである。そのため、文面を天正12年当時の秀吉の言葉と断定するには慎重さが必要だ。
ただ、秀吉と秀次の関係を考えるうえで興味深い記述も多い。特に当時の羽柴家が抱えていた、深刻な懸案事項をあぶり出している。後継者問題である。
書状の一文にこうある。
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