おじさんができることはトラブルを収めること
この本では、ここまで「おじさんってダメだなあ」という話をずっと続けてきました。
でも、おじさんにしかできないことって、実はたくさんあるんですね。仲裁もそのひとつです。場数を踏んでいること、プライドや意地がどこに引っかかっているかをその場で読む力、そしてお互いが「この人が言うなら仕方ない」と感じさせる存在感。それらが揃ってはじめて仲裁ができるわけです。それはやっぱり、年の功としか言いようのないものです。
80歳くらいの人が「まあまあ、待ちなさい。落ち着いて」と言うと、みんな落ち着きますよね。それと同じことなんだと思います。
あなたはこれまで、仲裁に入ったことがありますか? 僕もあの経験以来、仲裁に入ることを心掛けるようにしています。
別に、仲裁でなくてもいいんです。たとえば、若い人が大きなミスをしたとします。ネットで叩かれたり、何か事故を起こしたり、犯罪に近いことをやってしまったり……そういうことは誰にでもあります。
僕たちおじさんだって、今まで何度も大きなミスをしてきたじゃないですか。だからこそ、凹んでいる若者にそっと近づいて、自分がミスしたときの話をしてもいいし、一緒に火消しを手伝ってもいいし、同じミスが起きないように考えてあげてもいいですよね。
僕たちおじさんがこの世の中でできること、それはトラブルを収めることです。仲裁に入ること、トラブルを未然に防ぐこと、経験を語ること、一緒に火消しに回ること。できることはたくさんあります。そんなおじさんになりたいものです。
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