「32親等隔たりの男系男子が養子に」
改正皇室典範は、女性皇族が結婚後も皇族の身分を保つこと、旧宮家の男系男子を養子として皇族に迎え、養子の子である男子は皇位継承資格を持つことを2本柱に据えている。
7月17日の参院本会議の採決では、投票総数241のうち、反対票が57(24%)に上った。立憲民主党や共産党、れいわ新選組などが反対した。7月10日の衆院本会議では共産党などが反対したにとどまった。「国会議員は、票にならないから、皇室に無関心なのが普通だろう」(衆院副議長経験者)。
2017年の天皇陛下の退位特例法に自由党(当時)を除くすべての与野党が賛成したのと比べると、今回は合意形成への努力が足りなかったことも意味する。
何しろ改正典範の質疑は衆参合わせてわずか6時間15分だった。参考人質疑も、学識経験者を呼んでの公聴会も開かれなかった。
質疑でも、自民党の小林鷹之政調会長が7月10日の衆院議院運営委員会で「皇位の男系継承は2600年以上、先人が守り抜いてきた皇統、皇室の伝統だ」と神話と史実を混同するなど、空疎な議論が続いた。
高市首相も皇室の歴史に疎い。7月17日の参院予算委で、立憲民主党の蓮舫氏が旧宮家と今の天皇陛下に36〜38親等もの隔たりがあると指摘し、「そんな遠い一般人を養子にするなら、一親等の直系長子である愛子さまへの皇位継承を認めるべきだ」と迫ったところ、「122代明治天皇の御代に天皇と32親等の隔たりのある皇族たる男系男子が養子になられた例がある」とドヤ顔で答弁したのだ。
今回の改正典範と前提が異なる皇室内の養子縁組のうえ、11年後に縁組を解消した例と養子となった当日に死亡したケースだった、と7月23日の朝日新聞が伝えている。これらは1889年の旧皇室典範で養子が禁止される以前の、制度が安定していなかった過渡期の特殊事例に過ぎない。
「天皇家や皇族の意向は知らされない」
旧宮家からの養子縁組案についての議論は生煮えのままだった。7月15日の参院皇室典範特別委員会で、国民民主党の川合孝典氏が「旧宮家の男系男子が皇籍を取得する際の要件や人選の透明性をどのように確保していくのか、ほとんど議論されていない。国民の理解や納得を得るための手続きをどのように検討しているのか」と質した。
これに対し、木原稔官房長官は「養子縁組は、当事者の自由な意思が尊重されなければならない。養親、養子の相互の自由な意思に基づき、養子縁組が成立するように宮内庁で適切に取り組む」と語るにとどめた。このような薄っぺらい答弁で、皇位継承ルールに人間の「意思」を介在させてはならないとして明治の先人たちが回避してきた養子制度の導入を強行したのである。
さらに不可解なのは、天皇家の「家族法」改正なのに、こうした審議の間、天皇陛下や皇族ら当事者の意見を聞かなかったことだ。立民党の福山哲郎参院副議長がその後の共同通信のインタビューで「天皇家や皇族のご意向を何も知らされない中、皇室典範を改正するという非常に難しい議論だった」(8月18日配信)と振り返っている。
この対応は、後日、皇室との関わりが深い元首相や有識者らの痛烈な批判を招く。

