すがったのは「はず」という楽観論

結果はどうだったか。士気の沮喪は、起きなかった。それどころか真珠湾は、アメリカの国論を一つにまとめてしまった。しかも日本側の対米最終覚書――交渉打ち切りを告げる文書――は、ワシントンの大使館での解読・文書作成の遅れから、攻撃開始の約1時間後にようやくハル国務長官へ手渡された。「真珠湾を忘れるな」の合言葉が、アメリカ国民を一気に結束させた。そして、もうひとつの本土への空襲も、最終的には防げなかった。

ここから先は松川の評価だ。「『大都市焼尽』の口実を作ったのは、むしろ山本である」とまで書き、この「信念」を、第一次大戦でドイツを行き詰まらせたシュリーフェン・プランになぞらえる。

開戦と同時に全力でベルギーを突っ切ってフランスを速攻で倒し、そのあと東のロシアに向き直る――ドイツ参謀本部が磨き上げた「必勝の初手」である。ただしその成立条件は、「ベルギー軍の抵抗は軽微な、はず」「ロシアの動員は遅い、はず」という楽観だった。前提がひとつ崩れると計画全体が行き詰まり、次の手がない。緒戦の鮮やかな一撃に国運を賭け、外れたときの備えがない。真珠湾も同じ構造だったのではないか。

手厳しいが、2つの狙いがどちらも外れたという結果を見れば、根拠のない批判とも言えない。

ただし、これが唯一の評価でないことも付け加えておくべきだろう。作戦単体で見れば真珠湾攻撃は「極小の損害で最大の成果」を挙げ、米太平洋艦隊主力の撃破と南方作戦への介入阻止という当初目的は達成している。あの日の「戦い」としては歴史的な大勝利だが、その後の「戦争」全体で見れば、勝てない相手を本気で怒らせただけの取り返しのつかない一手。戦術的大成功、戦略的大失敗との評価が正しいのかもしれない。

浅草松屋屋上から見た仲見世と付近の焼跡。
浅草松屋屋上から見た仲見世と付近の焼跡。(写真=早乙女勝元監修『決定版 東京空襲写真集 アメリカ軍の無差別爆撃による被害記録』、2015年、勉誠出版/日本写真公社・深尾晃三/PD-Japan-oldphoto/Wikimedia Commons

山本五十六の評価がいまだ定まらないワケ

1943年4月、山本は前線視察の途上で暗号を解読され、ブーゲンビル島上空で撃墜されて戦死する。山本五十六は何に殉じたのだろうか。職業人としての完璧主義と呼ぶべきものではないか。

戦争そのものには反対する。だが、やるとなったら、自分の信じる最善の作戦以外は認めない。この「反対派でありながら最強の実行者」という組み合わせが、最悪の化学反応を起こしたのだろう。

山本が本気で磨き上げた作戦があったからこそ、「山本案を実行しさえすれば、勝てないまでも有利に戦えるはず」という空気が軍令部にも陸軍にも政府にも広がり、開戦のハードルはむしろ下がっていった。東条英機が開戦直前の軍事参議官会議で「米艦隊主力の撃滅と対日戦意の喪失が図れれば、必ずしも長期戦になるとは限らない」と山本の代弁者のように語ったのは、その象徴である。

「反対意見の持ち主に実行を任せれば、ブレーキになってくれる」

組織でよく聞く知恵だ。だが実行者が超一流で、しかも職業的良心にかけて全力を尽くす人間だったとき、反対者はブレーキではなく、最強のエンジンに変わってしまう。

「反対していた」は免罪符にならない。開戦にいちばん反対した男が、開戦の火蓋を切った。80年以上たった今も山本五十六の評価が定まらないのは、結局この一点に尽きるのではないか。

主要参考文献(孫引きを含む)
松川克彦「日米戦争勃発と山本五十六に関する一考察」『京都産業大学論集 社会科学系列』第31号、2014年、249-272頁
枦山剛「Isoroku Yamamoto's military strategy in the outbreak of the Pacific War」『鳥羽商船高等専門学校紀要』第44号、2022年、60-74頁
判澤純太「東條英機と米内光政(下)」『新潟工科大学研究紀要』第21号、2017年、47-70頁
村上勇介「真珠湾攻撃とペルー――リベラ公使による警告の神話」『イベロアメリカ研究』第46巻特集号、2024年度、43-48頁
深井人詩「書誌調査『真珠湾』の大洋丸」『早稲田大学図書館紀要』第38号、1993年、37-47頁
防衛庁防衛研修所戦史室編『ハワイ作戦』(戦史叢書)朝雲新聞社、1967年、同『大本営海軍部・聯合艦隊1――開戦まで』(戦史叢書)朝雲新聞社、1975年
近衛文麿『平和への努力――近衛文麿手記』日本電報通信社、1946年
相澤淳『山本五十六――アメリカの敵となった男』(中公選書)中央公論新社、2023年

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