出し惜しみされた日本の空母戦力
当時、日本が保有していた空母の数は全部で11隻、アメリカに優っていました。そのうち、大型空母は赤城(54機)、加賀(63機)、瑞鶴(72機)、翔鶴(72機)の4隻、中型空母が飛龍(54機)、蒼龍(54機)の2隻、小型空母が隼鷹(48機)、龍驤(36機)、祥鳳(27機)、瑞鳳(27機)、鳳翔(15機)です。
丸カッコ内は常用の搭載機数ですが、これには諸説ありまして、なかなか正確なところはわかりません。ここでは、『戦史叢書 ミッドウェー海戦』上巻(防衛庁防衛研修所戦史室、朝雲新聞社、1971年)ならびに『海軍造船技術概要』(牧野茂・福井静夫編、今日の話題社、1987年)に依拠して記しました。
このほか、「補用機」、つまり、予備機として、数機から十数機がだいたい分解された状態で搭載されています。
このうちミッドウェイ海戦に参加したのは赤城、加賀、飛龍、蒼龍の4隻。ミッドウェイ海戦の直前に起きた珊瑚海海戦で祥鳳が沈没、翔鶴が大破、瑞鶴も多くの搭載機と乗員を失ったため参加できませんでした。にもかかわらず、隼鷹と龍驤はアリューシャン作戦に振り分けられ、実際にミッドウェイ海戦に参加した航空機は261機となりました。
持てる限りの全戦力を集中させた米軍
これに対してアメリカが太平洋上に展開していたのは空母5隻。レキシントン(83機)、サラトガ(83機)、ヨークタウン(85機)、エンタープライズ(85機)、ホーネット(85機)です。さらにミッドウェイ基地に航空隊がいます。
しかし、レキシントンは珊瑚海海戦で沈没、サラトガもこの年の1月に日本の潜水艦の雷撃を受けて修理中で、アメリカが使えたのはヨークタウン、エンタープライズ、ホーネットの3隻でした。ただし、一隻あたりの搭載数が多いのとミッドウェイ基地の航空隊(126機)があるので、合計359機を出すことができました。
あまり指摘されないことですが、機体の性能や搭乗員の練度を措いて、純粋に数だけをみると、ミッドウェイの決戦海面においては、アメリカのほうが多くの航空機を投入していたのです。もし日本が、アリューシャン列島へ向かった2隻の空母をミッドウェイ海戦に使うと84機増えます。
さらに後方で何のために出てきたのかわからない戦艦部隊にくっついて偵察などをしていた鳳翔の15機も加えると、合計360機。数の上でほぼ互角になります。
鳳翔は日本が最初に保有した空母で、すでに旧式化し、また飛行甲板が短かったため、零戦などの高速機は運用できず、九六式艦上攻撃機(九六式艦攻)という複葉機を積んでいるだけだったのですが、索敵などの任務には十分に使えました。


