象徴になり得ない「皇嗣」という身位

令和の時代になって、皇太子が不在という事態が続いていることは、皇室の未来のみならず、日本社会の未来を展望することを妨げている。

しかも、秋篠宮は、兄である天皇と6歳しか違わないため、自分は天皇に即位する意向がないことを内々に表明している。秋篠宮は昨年の11月に還暦をすでに迎えており、天皇に即位するとしたら、かなりの高齢である。皇嗣という次代継承の立場にはあるものの、これまでの発言などから未来の象徴になり得ないことは、実にはっきりしている。

では、悠仁親王の場合はどうなのだろうか。

皇位継承の資格としては2位だが、皇太子ではないのはもちろん、あえて言葉を作れば、「皇嗣嗣」、あるいは「次皇嗣」とでもなるのか。そんな身位はもちろん存在しない。

なぜ、そうなってしまうのか。そこに、どんな重大な意味を秘められているのだろうか。

「皇長子」最優先の大原則

それは、皇室典範には、「大原則」があるからだ。

その大原則とは、皇位は天皇の直系、つまりはその子どもが受け継ぐべきもので、しかも「最初に生まれた子どもであるべき」だということである。

皇室典範では、第2条で、皇位はまず「皇長子こうちょうし」に伝えられるとされる。天皇の子である。その次は「皇長孫こうちょうそん」と定められている。天皇の孫のことである。

秋篠宮の場合、天皇の弟で、「皇兄弟」になるが、そちらは皇室典範ではなんと6番目とされている。6番目は「皇兄弟及びその子孫」なので、悠仁親王もそこに含まれる。

これは、明治時代に定められた旧皇室典範を引き継いだものである。つまり、天皇の直系が皇位を継承することが基本となり、そのなかでも長子がそれを受け継ぐものということが前提となっている。

このように、皇室典範が直系の長子を大原則としている点は見逃せない。だからこそ、そこから外れてしまう秋篠宮や悠仁親王の地位が、ひどく曖昧なものになってしまうのだ。

2020年11月、55歳の誕生日に際し記念写真に納まる秋篠宮殿下と御一家
2020年11月、55歳の誕生日に際し記念写真に納まる秋篠宮殿下と御一家(写真=外務省/CC-BY-4.0/Wikimedia Commons