課題は多いものの、株高が続き活気を取り戻しつつある日本経済、その主役である日本企業。そこへ熱いエールを送り続けるのがボストン コンサルティング グループ(BCG)日本法人やドリームインキュベータを率いた“伝説のコンサルタント”堀紘一さんです。今、ソニーや日立製作所といった日本を代表する電機メーカーが大胆に事業分野を入れ替えつつ、かつての輝きを取り戻しています。両社に比べれば改革の進捗が遅いといわれてきたパナソニックも、ここへきて好業績を上げています。パナソニックは復活するのでしょうか。堀さんの評価は?
生い立ちと特徴も異なる電機3社
これは大変難しい質問です。ソニー、日立製作所、パナソニックは、いずれも電機メーカーではありますが、まったく特徴が違います。
ソニーは戦後に井深大さんと盛田昭夫さんがつくった、技術力重視の会社です。ただ、日本で商売しようとしても実績がないので相手にされず、仕方なく米国にテープレコーダーを持っていって成功し、世界企業になりました。今も米国人の2人に1人は、「ソニーは米国の会社」と思っているくらいです。
日立グループには、日立製作所本体に加え多くの有力子会社が存在しました。日立金属とか日立化成、日立電線といった会社ですが、2000年代に入ってからの一連の構造改革の結果、今は多くが日立グループを離れ、社名も変更しています。かつては互いに人事交流もなく、それぞれ自分勝手にやっていて、「自分は日立グループの一員」と思っている人はほぼいなかったと思います。重電メーカー大手3社の社風を「公家」「殿様」「野武士」に例える言い方がありましたが、「野武士」の日立グループは自負心が強く独立心旺盛な会社の集まりで、企業グループとしての結束力があったかというと疑問です。ちなみに「公家」は東芝、「殿様」は三菱電機です。
さて、パナソニックのことです。昔の社名は松下電器産業、“経営の神様”と呼ばれた松下幸之助さんがつくった会社です。松下さんは日本全国に「ナショナルショップ」という松下電器専売店のネットワークをつくり上げました。松下電器時代には、その販売店網の強さで日本の家電業界のトップに君臨していたのです。
この強力な販売店網に、いち早く売れ筋商品を供給することが松下電器の基本戦略でした。他社がヒット商品を出すとすぐに類似品を売り出したので、「マネシタ電器」と揶揄されたほどです。ただ模倣するスピードは非常に速く、できた製品の質も高くて、その意味では経営戦略、製造力ともに優れていたと思います。
ソニーと日立の復活の道のりを見ると、ソニーはVAIOブランドで一世を風靡(ふうび)したパソコン事業を手放し、ブルーレイディスクレコーダーの生産を終了したのに続いて、テレビ事業も中国の家電大手TCLとの合弁会社に移管するなど、かつての中心事業であったAV機器製造から手を引いています。その一方、早くから進出していた映画や音楽、ゲームなどコンテンツビジネスが花開き、今やエンターテインメント企業といってもいいほどです。
日立製作所はもともと電力や鉄道、産業機器など社会インフラをつくる会社で、例えば消費者になじみの深い家電はむしろ傍流でした。その見地から日立は本業を強化し、本業以外の収益性の低い事業をグループから切り離すことで復活を遂げました。この場合の本業にはIT領域も含まれ、今や日立は世界で戦えるIT・社会インフラ企業と見られています。2026年4月、家電子会社の「日立グローバルライフソリューションズ」を家電量販店のノジマへ売却すると発表しましたが、改革の仕上げといっていいでしょう。
ソニーのコンテンツ事業における成功、日立のインフラ事業での成功は、いずれも綿々たる努力の蓄積の成果であって、巨大企業パナソニックといえども簡単にまねすることはできません。
技術の得意分野が明確でないという弱点
パナソニックの問題は、コア技術が何かはっきりしないところです。
もし、今、私がパナソニックのトップから「2億円のフィー(報酬)で未来のパナソニックの事業構成を考えてほしい」とコンサルティングを依頼されたとしても、すぐには答えられません。
先に述べたとおり、この会社の昔の強みは販売力だったのですが、家電販売の常識は今や大きく変わっています。日立の家電事業を買収するノジマのような家電量販店が大幅に存在感を増し、ネット通販も伸びています。量販店は当然、ナショナルショップのような専売ではなく、どのメーカーの商品でも扱う併売型です。松下電器の象徴だった強大な専売店ネットワークにはもう力がありません。
ただ、パナソニックはまだブランド力があるし、優れた研究者の数も多い。ですからそれを生かすことを考えるべきでしょう。私ならまず研究所に行き、研究者の話を聞いて回ります。そして「その研究は他社でもやっていますか」「その技術の今の業界での立ち位置はどうですか」と質問し、他社にはないユニークな技術や、他社より進んでいる技術を見つけ、それを大きくしていくことを考えるでしょう。
日本企業の場合、祖業で養った技術を生かして、それとはかけ離れた分野に進出し、変身しながら組織を継続していくケースが少なくありません。
例えば東レや帝人は、もともとはレーヨンやナイロンなどの合成繊維を製造していましたが、その技術を生かして今は産業用の先端素材である炭素繊維でトップを競っています。富士フイルムは、もともとの社名は富士写真フイルムで、アナログカメラのフィルム製造のトップメーカーでした。しかしカメラの主流がアナログからデジタルへ移行する時期に事業を変革し、今では医療機器やオフィス用複合機、電子材料などで高収益を誇っています。
このような“変身”は、米国企業には見られない日本企業ならではの特長です。
日本の大企業は基本的に終身雇用です。このため一定の年齢になると、他社への転職が難しくなります。会社だけでなく社員も、今いる会社で新たな事業を成功させないと生き残れない。自分たちが食べていくために、今持っている技術でなんとか生き延びようと粘り続け、その結果、事業内容が大きく変わったりするのです。
そうした変身によって、それまで知られていなかった会社が大化けすることもあります。
例えば戦前に広島県呉市で創業した第一製砥所という会社は、もともと産業機械の刃を研ぐための砥石を製造していました。その「研ぐ」「切る」技術を半導体の最終工程のカッティングに生かすことで、この工程に使う切削機の世界シェア80%を占めるようになり、今では株式会社ディスコとして、時価総額数兆円の大企業となっています。
変身しなければ生き残れない
時代には移り変わりがあり、ビジネスでも主役となる産業分野は交代していくものです。その流れに乗り遅れないためには、他社の追随を許さない得意技を身につけ、それを新たな分野で生かしていくことが求められます。
パナソニックの生き残りも、どこまで変身できるかにかかっています。
まずは半導体産業のように急速に成長している分野で、他社にない、あるいは他社よりもうまくできる技術を見つけることです。衰退産業にとどまるかぎり、血みどろの生き残り競争を覚悟しなくてはいけませんが、成長産業に食い込んで、他社が取りこぼしているところをうまくものにできれば、大きな利益を得ることができます。
ただ口で言うのは簡単でも、事はそれほど単純ではありません。
上で例に挙げたディスコは高収益で注目されていますが、年間の売上高は4000億円ほどと、8兆円を超えるパナソニックの20分の1しかありません。
巨大な半導体産業にあっては最終工程の切削機はニッチな分野で、ディスコはそこを独占したことで高い収益を得ています。この分野に今から他の企業が参入しようとすれば、研究開発費だけで1兆円や2兆円はかかってしまうでしょう。そうやってディスコのシェアを半分奪ったとしても売上高は2000億円にしかなりません。これでは割が合わないので、他社は入ってこないのです。このように、成長している産業のニッチ分野でトップシェアを取ると、競争相手がおらず、成長しつつ高収益を謳歌できるといううまみがあります。
ところがパナソニックは、ニッチで生きるには大きすぎる企業です。パナソニック本体だけで世界に4万人、パナソニックグループとしては18万人とも20万人ともいわれる従業員がいます。ディスコの従業員数は単体で5500人、連結で7400人ですから、桁が違います。これだけの数の従業員を食べさせるには、ニッチではなくメーンの戦場で戦わざるを得ません。それがパナソニックの苦悩と言えます。
優秀な技術者をどう引き留めるか
新たな事業の開拓にあたっては、研究開発部門の技術者が他の企業に流出せず、パナソニックにとどまって踏ん張れるかどうかが問われます。
ここにも問題があります。日本のメーカーの研究者は優秀で真面目なのですが、実力に比べて給料が安いのです。だから簡単に海外企業に引き抜かれてしまいます。
1990年代から2000年代にかけての一時期、日本の成田・ソウル間の航空便のファーストクラスは、長い筒を抱えた日本人技術者でいっぱいでした。筒には図面が入っていました。サムスンやSKといった韓国企業が、日本の技術者をファーストクラスで招待していたからです。一説によると、重要な図面を持っていけば向こうで韓国美女にもてなされ、帰りに30万円ほど渡されるという話でした。驚くべきことに、その程度の金額で、何十年も蓄積してきた日本の技術が簡単に流出してしまったのです。サムスンのような世界企業にとっては、安い投資だったと思います。
パナソニックがこの先どう生きていくにせよ、優れた技術者が引き抜かれずに留まってくれることが大前提です。それには給与や人事体系の大改革が必要で、伝統的日本の大企業であるパナソニックには、相当ハードルが高いと思います。
それでも今は電機メーカーであるパナソニックにとって、変身するにはいい時期です。AIが面白いほど成長し、世界の産業全体が大改革を迫られているからです。半導体産業は少し前までシリコンサイクルの波により、一定期間ごとに不況が訪れていましたが、AIによる変革のスピードはすさまじく、これから当分の間は休む間もなく伸び続けることが期待できます。そこには必ず、これまではなかった参入の機会が生まれてきます。
半導体は製造工程が100あるといわれ、日本企業は半導体製造装置全体でシェア30%強と、米国に次ぐ世界2位を占めています。半導体の材料であるシリコンウエハーでも、日本の信越化学工業とSUMCOが世界シェアの6割を占めています。
ディスコがそうであるように、商売は何でも、「シェア50%を超えたら勝ち」という面があります。値段を自分たちで決められ、他社が入ってこなくなるからです。そうした分野はこれからも必ず出てきますし、パナソニックはそれを獲得し、生き残らなくてはなりません。もともといい製品を作る技術はあるのですから、得意分野を確立できればやっていけるはずです。
「パナソニックはどのような復活の道筋を描けばいいか」という問いは、「こうすればよい」と即答できるほど簡単な問題ではありません。日本が生んだ数少ない天才経営者のつくった会社ですから、なんとかがんばってほしいと私も思い、応援しています。
(構成=久保田正志)