反中感情を育てる戦争教育
ハノイを訪問する機会があるのなら、国立歴史博物館を訪ねることを勧める。そこからベトナムと中国の戦いの歴史を知ることができる。戦争に関する展示が多く、歴史博物館ではなく戦争博物館ではないかと思ってしまうほどである。
その博物館で、先生に引率された小学生たちが学芸員の説明を聞いているところに遭遇したことがある。子供たちは熱心に学芸員の話に耳を傾けていた。このように子供の頃から中国との戦争の歴史について教え込まれていれば、自然に反中になると思ったものだ。
日本では戦争教育ではなく「平和教育」と呼ばれ、原爆、東京大空襲、沖縄戦などが題材になる。授業ではその悲惨さが強調される。一方、ベトナムでは祖先がいかに中国と勇敢に戦い、独立を維持したかが誇らしげに語られる。日本とベトナムの戦争教育は大きく異なっている。
ベトナム人の中国嫌いを示すものとして、ローマ字の使用がある。ベトナムは中国文化の影響を強く受けてきた。ベトナム中部の都市フエは、ベトナム最後の王朝である阮(グエン)朝(1802-1945年)の都であったが、そこに行くとベトナムが中国の影響を強く受けてきたことがよく分かる。
ベトナムでは長らく漢字が使われてきた。役所の文書は漢文で書かれていた。そのため、独立前(第二次世界大戦以前)に教育を受けた人は、漢字の読み書きができた。建国の父ホー・チ・ミンも漢字を使っていた。だか、漢文だけでは不便であった。そこでベトナム語を表記するための方法が工夫されて、チューノムと呼ばれる日本の「かな」に似たものが作られた。
「漢字を捨てた民族」から日本への問い
しかし、ベトナム語は中国語に似て音調が多く、そのためにチューノムは「かな」よりも複雑なものになってしまった。
その結果として、チューノムは広く普及することはなかった。独立前まで知識人は、手紙などを書く際に漢字を使用していた。
現在のベトナムでは、17世紀にポルトガル人宣教師が作り、それをフランス人宣教師が改良した、ローマ字にレ点を付けた表記を用いている。これはChữ Quốc ngữ(チュ・クオック・グー=国語字)と呼ばれるもので、その読みは日本語の国語(コクゴ)と同じである。ベトナム語には日本語と同様、漢語に由来するものが多い。
ベトナムはフランスから独立した後に、表記法をチュ・クオック・グーに統一した。最大の理由はチューノムに比べて覚えやすく、民衆の教育レベルを上げるうえで有効と考えたからであろう。ただ、それを中国嫌いが原因と考えているベトナム人もいる。
あるベトナム人からこんな話を聞いた。
「ベトナム人は中国が嫌いだから漢字を使うのを止めた。現在はまったく使っていない。また中学や高校でも漢文を教えない。そのために現在はよほどの年配者でないかぎり、漢文は読めない。日本人はいまだに漢字を使っており、学校で漢文を習うと聞く。日本人は反中の高市政権を選んだが、心の底では中国を嫌っていないのではないか? 今は反中だが、時間が経てば、また親中に変わるのではないか?」
この質問に日本人はどう答えればいいだろうか。そんな話が出るほど、ベトナム人は中国を嫌っている。



