秀吉一流のサービス精神の発露
この庭園が現在のような姿へ整えられるきっかけとなったのが、かつてこの地で催された「醍醐の花見」です。これは晩年の秀吉が、北政所や淀殿、側室たちを伴い、諸大名も交えて開いた一大饗宴でした。秀吉はこの花見のために醍醐寺の堂宇を整え、約700本の桜を植え、三人の庭奉行に命じて庭園を造らせています。
大勢の人を巻き込み、舞台そのものを作り替え、そこに集う人々に非日常を味わわせる。現代風にいえば、まさに秀吉は巨大イベントのプロデューサーです。もちろん、そこには天下人として自らの権力を誇示する意図もあったでしょう。しかし、それだけでは片づけられません。花見ひとつのためにここまで徹底するところに、僕は秀吉一流のサービス精神の発露を見るのです。
ただ、三宝院の魅力は秀吉だけでは語りきれません。三宝院そのものは、もともと醍醐寺の本坊で、歴代の門跡の居住場所となってきた非常に格式の高い場所です。醍醐寺は真言宗の大寺院ですが、そのなかでも三宝院は特別な位置を占めてきました。中世には、天台・真言の高僧たちが将軍家のために祈る「護持僧」という役割が重んじられましたが、その取りまとめを担ったのが三宝院でした。いわば、宗教界におけるトップオブトップのひとつであり、政治と宗教の中枢に結びついた特別な空間だったことがわかります。秀吉がここに強く関わったのも、その格式の高さに惹かれたからでしょう。
「生きた場」のなかで守られてきた文化財
また、醍醐寺には約7万点にものぼる膨大な聖教や文書が残されています。研究者にとっては宝の山で、僕も以前、花押を採集するために夏の盛りに通いつめたことがあります。毎日、古文書や経典類に埋もれるなかで、時折、思いもよらないレアな文書を見つけては驚かされたり、宿坊では国宝クラスの仏像に囲まれて眠りについたり、といった貴重な経験もさせていただきました。文化財というのは、ガラスケースの向こうにきれいに保存されているだけではなく、こういう生きた場のなかで守られてきたのだなと実感したものです。
僕にとっての《三宝院庭園》の魅力は、まさにそこです。歴史の大舞台を演出した秀吉の派手な美意識と、長い時間を通して受け継がれてきた寺院の格式、その両方が重なっている。ぜひ一度見に行ってほしいと思います。秀吉のサービス精神を「やりすぎで面白い」と感じるのか、「ちょっとコテコテだな」と思うのか、それは人それぞれでしょう。でも、そうやって自分の感じ方を確かめられるのが、この庭園の面白さなのかもしれません。庭を見ることは、同時に自分を見ることでもある。そういう意味でも、ここは一見の価値がある場所だと思います。



