天守の曳戻しを見られる唯一の機会

いよいよ第1位だが、弘前城(青森県弘前市)を挙げたい。この城の3重3階の天守も現存12天守のひとつで、文化8年(1811)に竣工したものだ。

ただ、長きにわたって天守の重みを支えていた石垣がゆがんで倒壊の危険性も生じたため、平成27年(2015)、曳家(建物を解体せずそのままの状態で移動させる伝統的な方法)によって天守を本丸内側に設置した仮の天守台に移動し、石垣の積み直し工事(基礎耐震補強工事)が行われてきた。それがようやく完成し、7月から「曳戻し」が行われている。11月までにもとの天守台に戻るという。

2016年春の弘前城天守閣。天守の耐震補強工事と石垣の補強工事のために2015年秋に曳家工事が行われ、仮の天守台の上に移動された
2016年春の弘前城天守閣。天守の耐震補強工事と石垣の補強工事のために2015年秋に曳家工事が行われ、仮の天守台の上に移動された(写真=掬茶/CC-BY-SA-4.0/Wikimedia Commons

それを記念して、8月21日から28日まで弘前城天守曳戻しイベント「ひっぱれ! けっぱれ! 弘前城」が開催され、22日から26日には一般の人の参加を募っての「天守曳戻し体験」も行われる(体験への参加申し込みは終了)。天守が動くなんて、さすがにこの夏だけの光景なので、自分が曳戻しに参加しなくても、見るだけで価値がある。

天守台に戻ったあとは、ずっとその姿を眺められるのかというと、そうではない。令和10年(2028)夏ごろから同14年いっぱいまで保存修理工事が予定され、その間は天守全体が覆われる。つまり、4年以上もまったく見えなくなってしまうのである。その意味でも、この夏こそ行っておきたい城のナンバーワンだといえる。

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