TPP交渉の中で話題となっている、投資企業が投資先国を訴えることのできるISDS(Investor State Dispute Settlement)条項。このISDS条項については、いろいろ誤解もあるが、私の考え方は以下の通りである。
日本は、既にシンガポール、マレーシア、ベトナム、チリなど24カ国とISDS条項を含む投資協定を結んでおり、日本企業の投資を保護するために、日本としてこの条項を重要視している。日本企業は、今後さらに海外投資を拡大するであろうから、この条項を使って、投資を守るよう求めていくことが大事なのである。
つまり日本は、攻められる側でなく“攻める”側なのである。しかも、日本国内では外国企業を差別するような制度はないから、何も恐れることはないのである。
他方、今後、TPPに盛り込まれるであろうISDS条項を通じて、米企業からどんどん訴訟を起こされるのではないか、との懸念がある。
よく引用される例として、米国のたばこメーカー、フィリップモリス社が豪州政府を訴えた事例があるが、これは、豪州と香港の間の貿易協定に規定されたISDSを使い、同社の香港子会社が起こしたものである。日本は既に香港含め24カ国とISDS条項を結んでいるのであるから、こうした国々にある米国企業の子会社を通じて訴えられる可能性は今でもあるのである。しかし、これまでも大きな起訴となったことはないし、日本は外国企業に差別的な扱いはしていないから、これからも特に新しい脅威というわけではないのである。このことをよく認識しなければならない。
さらに、米国企業がこのISDS条項を使った例として、カナダとメキシコの事例がよく取り上げられる。しかし、両国のケースは国内企業を差別的に優遇して取り扱った事例であり、我が国ではこうしたことは考えにくい。
ちなみに、日本企業がこのISDS条項を使ったのは世界中で一例だけであるが、オランダとチェコの間の投資協定において、野村証券のオランダ子会社がチェコ政府の差別的取り扱いを訴えたケースがある。このケースでは、仲裁裁判所は、「チェコ政府の措置は“公正衝平待遇”に違反する」として、チェコ政府に対し約178億円+金利分の賠償支払いを命じているのである。
このように見てくると、ISDS条項は、日本にとってプラスにこそなれマイナスになることはないと考えている。もとより、自民党の公約にあるように、「主権が損なわれないよう」ISDS関連のテキストの書き振りには、細心の注意を払っていく。
シンガポールでの閣僚会合では、各国の立場の差や論点が残り、妥結には至らなかったが、各国の意欲は高く、各々が柔軟性を持てば必ず道は開けると信じている。今後、次の閣僚会合が開催される予定であるが、引き続き粘り強く交渉を行い、国益の最大化に全力を尽くしていく。
昭和37年、兵庫県明石市出身、神戸大学附属明石中学校、灘高、東京大学法学部卒業。通産省入省後、アメリカ・メリーランド大学院で国際政治学を学び卒業。平成11年通産省調査官を退官後、平成15年衆議院議員総選挙において初当選。20年外務大臣政務官。同年9月、47歳で自民党総裁選に立候補。以降、党改革実行本部副本部長、党政調副会長、党影の内閣 経済産業大臣、財務大臣等を歴任。24年内閣府副大臣に就任。著書に『新(ネオ)・ハイブリッド国家 日本への活路―3つの空洞化を越えて』(スターツ出版)、『生き残る企業・都市』(同文書院)、『リスクを取る人・取らない人』(PHP研究所)、『国家の生命線』(共著・PHP研究所)などがある。