「あの声で萎縮した」
合格発表から数日後の午後、入試関連の書類を整理していたときだった。事務室から内線が回ってきた。
「E先生、入試の件で保護者の方からお電話です」
「はい、代わります」
受話器を取ると、相手は名乗ったあと、間を置かずに言った。
「うちの子、あの日の試験で、本来の力を出せなかったんです」
E先生はまず、静かな声で応じた。
「そうでしたか。お電話ありがとうございます。差し支えなければ、どのようなことがあったか、伺ってもよろしいでしょうか」
保護者の声は、最初から硬かった。
「試験会場で、先生が大きな声で『おはようございます!』って言ったそうなんです。あれでうちの子が萎縮してしまって。もともと緊張しやすい子なんです。受験当日に、あんなふうに大きな声を出されるなんて、配慮がなさすぎると思います」
E先生は、言葉を選びながら聞いた。
「そういうことがあったのですね。まずは、お子さんが強い緊張を感じられたことについて、こちらとしても重く受け止めたいと思います」
すると相手は、少し勢いを増した。
「重く受け止める、じゃ困るんです。入試って、その子の人生がかかってるんですよ。たった一言で調子が崩れることだってあるんです。学校はそれくらいわかってるはずですよね」
「はい、大切な場であることは、私どもも十分承知しております」
「だったら、なぜあんな声かけをするんですか。静かに誘導すればいいじゃないですか。大声で挨拶なんて必要ありませんよね」
1本の電話の重み
E先生は、すぐに反論しなかった。こういう電話では、先に説明を始めると、相手は「言い訳された」と感じることが多い。それよりも、まず相手が何に傷つき、何を問題だと捉えているかを整理する方が先だった。
「承知しました。まず当日の配置を確認し、どのような対応だったか事実関係を確認いたします。そのうえで、改めてご説明させていただいてもよろしいでしょうか」
「確認してください。普通じゃないですから」
電話が切れたあと、E先生は受話器を静かに戻した。しばらくそのまま、何も言わずに座っていた。
職員室では、印刷機の音が響いていた。誰かが生徒指導の資料を綴じている。窓の外では運動部の掛け声が小さく聞こえた。いつもの午後の学校だった。だが、E先生の胸には、今の1本の電話だけが妙に重たく残った。
「……F先生、ちょっといいですか」
呼ばれたF先生は、すぐに立ち上がってこちらへ来た。
「はい」
「今、少し時間ある?」
「はい、大丈夫です」
E先生は、なるべくやわらかい表情をつくった。F先生は叱られると思ったのか、少しだけ肩に力が入っていた。
