置き換えることで「言葉狩り」の危険性
確かにこうした用語は不適切かもしれないが、130年もの間、慣用的に使ってきた野球用語をここにきて変更する必然性があるとは思えない。
また、「盗塁」「犠打」「犠飛」「封殺」「補殺」「挟殺」「併殺」などの言葉を、他の言葉に言い換えることが野球のイメージアップにつながり、野球の競技人口減少に歯止めをかけることができるとも思えない。それよりも、こうした用語を置き換えるために要する手間、コストの膨大さを考えると気が遠くなる。
さらに言えば、置き換えたことで言葉狩りが起こる恐れがある。
「解説者がタッチアウトを『刺殺』と発言、謝罪へ」
「アナウンサーがダブルプレーを『併殺』と発言、謹慎処分」
野球の「言葉」を見直すというのなら、もっと重要なことがあるだろうと思う。
高校野球界では、監督や選手の暴言、パワハラは謹慎処分の対象になっている。よって、指導者は言動に気を遣うようになっている。
しかしながら、少年野球の試合では、ベンチから子供たちが「ピッチャービビってるよ」「セカンド穴だよ」「バッター打てない!」などのネガティブな声を上げるのがいまだに散見される。
用語よりも擁護できないパワハラ指導
そういうチームは指導者が選手に向かって「今度エラーしたら外すからな」とか「ボール球を打つなって、何遍言えばわかるんだ」といった言葉を投げつけている。
筆者は先日、あるグラウンドで女子野球を観ていたが、男性の監督が選手に向かって、「お前らはみんなできそこないだ、やめちまえ!」と怒鳴りつけるのを聞いて慄然とした。こうした指導者のかなりの数が、まだ球場でタバコを吸っている。
子供たちの成長、未来での才能の開花を願うのではなく、目先の勝利に固執する指導者が、自分の言うことを聞かせるために選手を委縮させているのだ。少年野球が特に母親に評判が悪いのは、こういう部分だ。
「僕は子供の頃、野球をしていましたから息子にもさせたいんですが、妻が猛反対するんです。野球は怖いって」という父親の言葉をあちこちで聞いた。
旧態依然とした「昭和の指導者」は、確実に減ってはいるが、小中学校世代で野球競技人口の減少が続いているのは、こうした指導者、指導体制の問題が大きい。表面的な野球用語を変えることで、これが解消されるとは思えない。
