「富国強兵」の象徴

野球は公式には1872年にホーレス・ウィルソンという「お雇い外国人」によって、日本にもたらされたことになっている。以後、大学生を中心に爆発的に広がった。

文豪・夏目漱石の「吾輩は猫である」にも、野球に夢中になる学生の描写があるが、一方で、まだスポーツの概念がない当時の日本社会では、遊びにうつつを抜かす若者に、厳しい批判の目も寄せられていた。

「柔道の父」と呼ばれた嘉納治五郎らは、日本社会にスポーツを普及させるため、「スポーツは強い兵隊を作るうえで役立つ」と訴えた。明治時代の日本は富国強兵を国是としていたため、これを歓迎し、学校教育に体育という科目を創設するに至った。そうした経緯があったため、野球でも軍隊を想起させる用語が多数用いられたと考えられる。