リタの死後、スコットランドへ

時間軸にも違いがある。ドラマでは受賞と墓前の献杯がエリーの死から「10年後」に置かれ、物語の最後を飾るが、史実のスーパーニッカ誕生は妻の死の翌年のことだった。そして竹鶴自身は、その後も長く生きた。リタの死の2年後、1963(昭和38)年春には、息子の威を伴って妻の故郷スコットランドへ「巡礼の旅」に出る。グラスゴーのホテルに宿をとり、かつてリタと過ごした日々をたどった。竹鶴がこの世を去るのは、リタに遅れることおよそ18年、1979(昭和54)年のことである。生涯、再婚はしなかった。

「マッサン」の最終回で政春が墓前にグラスを傾けるあの場面は、竹鶴がリタへ手向けたウイスキー1本をベースにしている。ドラマはその一本にエリーの名を贈った。けれど史実の竹鶴は、名前ではなく、ウイスキーそのものに妻への思いを託したのである。

ナンバーが振られたウイスキー
写真=iStock.com/Shaiith
※写真はイメージです

・参考文献
竹鶴政孝『ウイスキーと私』、『竹鶴とリタの夢』『ヒゲと勲章』『リタとウイスキー』、ニッカウヰスキー公式サイト創業者ストーリー」および「スーパーニッカ」商品紹介、余市町公式サイト「余市でおこったこんな話」、リタ幼稚園公式サイトほか

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