野球観戦をせずに名刺交換を始める
実際にその場に足を運ぶと、意外な光景に出会う。そこでは野球を食い入るように見る人はほとんどいない。名刺を交換し、資料を広げ、真剣な表情で商談を進める姿ばかりが目に入った。
利用している法人の担当者たちは、時としてグラウンドに背を向けて座り、テーブルを囲んで資料を見せ合う。
試合の展開を実況するアナウンスが響く中、新規事業の提携条件などが話し合われている。高額な年間利用料を払って手に入れているのは「観戦」ではない。ひょっとすると「野球」ですらないのかもしれない。経営者が本当に求めているのは、この空間でしか得られない「関係構築」の機会そのものだ。
なぜ、通常の会食や会議室ではなく、スポーツ観戦という場がこれほどまでに商談の舞台として選ばれるのか。そこには、いくつかの心理的・構造的な優位性があろう。それは少し接待ゴルフに似ているかもしれない。
「観戦を越えた価値」を提供している
第一に、「同じ試合を見ている」という共体験が、お互いの心理的な距離を一気に縮める効果を持つ。会議室で向き合って座るのとは異なり、隣り合って同じ方向を見ながら会話する状況は、緊張感を和らげ、本音に近い会話を引き出しやすい。
第二に、クローズドな空間であることに加え、時間制限がないという点が大きい。通常の会食であれば1時間半から2時間程度で切り上げる暗黙のルールがある。だが、試合という「終わりの見えないコンテンツ」を共有していることで、商談は自然と、深くなっていく。時間の流れそのものが、信頼関係の醸成に寄与している。
第三に、こうした空間には普段は接点を持ちにくい経営者層が集まりやすいという特性がある。年間契約という参入障壁の高さが、結果的に「同じ層」の人間だけが集うクラブのような機能を果たす。
グローバルなスポーツマーケティングの現場を見てきた経験から言えば、もはや常識という範疇である。世界中の協会、リーグやチームが、こうした「観戦を越えた価値」の提供にこそ、次の収益源を見出している。


