宿泊客を巻き込んで続けた舞台
「西の雅 常盤」は1936年、山口県山口市の湯田温泉で6室の小さな旅館「常盤旅館」として創業した。後を継いだ女将の宮川高美さんは、夫の力さんと二人三脚で経営の危機を乗り越えてきた。
旅館の目玉は、女将と従業員、そしてアルバイトの学生たちによって開催される「女将劇場」だ。
1991年の3号館建設後、バブル経済が崩壊する。景気は急激に冷え込み、国民の財布のひもは固く締められた。客足が遠のいた旅館に、借金が重くのしかかる。それでも女将劇場を見に来る客がいる以上、休むわけにはいかなかった。
経費を削減するために高美さんが思いついたのは、宿泊客を巻き込むことだった。披露できる芸を持っている客に頼み、ステージに上がってもらう。もちろん、出演料は出せなかった。それでもいいと言ってくれる客のおかげで、銭太鼓、餅つきショー、玉すだれ、踊りなど、バラエティ豊かなステージが繰り広げられた。
「はみ出し芸」「湯田の笑われ者」と言われた新演目
そしてこの頃、高美さんは新しい演目を加えた。エレキ琴だ。
温泉旅館の女将が、4歳から腕を磨いてきた琴を弾くと聞けば、ゆったりとした雅な音色を期待する人が多いだろう。しかし、目の前で見た高美さんの演奏は、筆者の勝手な思い込みを初っ端から裏切ってきた。
琴の弦をつまびくと、いきなり爆音が響き渡る。なるほどこれがエレキ琴の音か。激しくかき鳴らした勢いで、弦を支える琴柱が次々と落ちた。続いて太鼓のバチでバンバンと琴を叩くと、ほとんどの琴柱が吹っ飛んだ。ロックンロールだ。スタッフが手慣れた様子で、飛び散った琴柱を拾って回る。
この芸の評価は「賛否両論」だったという。「はみ出し芸」と叩かれ、「湯田の笑われ者」とまで呼ばれた。琴の先生は怒って二度と来なくなった。
しかし、批判されるとそれだけ注目が集まる。新聞やテレビで女将劇場が取り上げられ、予約や問い合わせが増えた。
「クレームも人気のうちだと思って、堪えました。うまくいかないときは、もっと悪くなるか、よくなるかのどちらかしかない。その判断を間違えちゃいけないんですよ」