「女将劇場」に言葉はいらない
京都などでは「オーバーツーリズム」が問題になるほどインバウンド需要が伸びている。2024年に米紙ニューヨークタイムズは「2024年に行くべき52カ所」に山口市を選出した。その影響は大きいのではないかとたずねると、力さんは苦笑いした。
「まあ、期待したほどには増えていませんね。羽田や関空に降り立った欧米の方は、広島まで来て引き返します。福岡空港に来たアジア圏の方たちは、九州をぐるっと回って帰ります。残念ながら、お客さまはなかなか山口まで足を延ばされないんです」
とはいえ、台湾や韓国からの客は多い。長男で社長の和也さんと力さんが熱心に営業に出向いていることと、YouTubeでの発信を中国語や韓国語でも行っていることが背景にある。
「女将劇場は言葉で説明するものではありません。三世代が楽しめるように作ってきた女将劇場は、海外の方にも喜んでいただけます。ネタバレのマジックやイリュージョンも、太鼓や琴も、国や年齢を問わず、誰にでも楽しんでもらえるんです」
「90歳まで続けます」
女将の仕事は、大女将の高美さんと、長男の妻で若女将の好世さんとで分担している。好世さんはYouTubeなどでの情報発信や、業者や客への連絡業務のほか、女将劇場の演出を含む旅館の業務全体に目を配っている。高美さんは客室へのあいさつ、朝の見送り、館内の点検・修理、女将劇場で使う道具の整備などを担う。
「若女将と分担はしていますが、それでも結構仕事はありましてね。朝のお見送りの時間にあわせて出勤し、家に帰るのは24時頃。夜中に水漏れのトラブルなんかがあれば、また出てきます。ずっとこうしてやってきているので、もしも仕事をしなくなったら、すっかり気が抜けてしまうんじゃないでしょうか。働き詰めの人生ですよ」
女将劇場を喜んでもらえるのが生きがいだと、高美さんは言った。
「最後まであきらめず、90歳まで女将劇場を続けます」
高美さんの自慢は、ある山口市内の大きな企業の社長が、夫の力さんのことを「伝説の養子」と呼んだことだ。
「働きぶりをちゃんと見ていて、評価してくれたことが嬉しかったですね。この人は実家に帰ろうと思えば帰れたのに、帰らずに一緒に頑張ってくれた。私と一緒に戦う戦士です。感謝しています」
2026年4月、「多年にわたり旅館業務に精励した」功績で、観光関係功労者国土交通大臣表彰を受賞した。取材の10日後、東京・霞が関の国土交通省で行われる表彰式に夫婦で出席するのだと、うれしそうに力さんが言った。
「ゆっくりと東京見物など楽しんで来られるのですか」と問うと、2人は首を横に振った。
「いえいえ、日帰りです。始発で行って、20時15分頃に帰ってきます。20時45分から女将劇場がありますから」
山口県出身。広島県在住。筑波大学・筑波大学大学院で生物学を学んだ後、農業系法人の研究開発職、塾講師、大学職員などを経て、2018年からライターとして活動。地域の魅力と課題を伝え、地域で活躍する人の想いを届ける記事を目指している。