タイムマシンのような映画館
湯の町・別府、唯一の映画館である「別府ブルーバード劇場」は、今年で創業77年を迎える。3代目館長である岡村照さん(94歳)の代になってからは、55年だ。
お客からは佇まいも内装も、「昭和っぽい、レトロ」と評判だが、それはそうだ。劇場は昭和46年に2階に劇場を設置した当時のまま、昭和40年代半ばの人々の息づかいさえ、そこに留めているようだ。
近未来空間のようなシネコンとまさに対極、手作りであたたかみのある空間は優しく、穏やかな空気に満ち、劇場に入ってえんじ色のビロードの椅子に座れば、まるですっぽりと繭に包まれるかのよう。ゆったりとスクリーンに向き合える、今や稀少な映画館だ。
照さんが館長となった昭和40年代は、松竹の映画を上映する専門館として「松竹ブルーバード劇場」と名乗っており、当時はまだ、邦画に勢いがあった時代でもあった。
「松竹時代が、経営は一番安定していました。『男はつらいよ』と『釣りバカ日誌』シリーズをお正月に興行すれば、採算が取れましたから」
映写技術の変遷を全て経験した館長
この時期、40代になったばかりの照さんは、映写技術を見よう見まねで習得した。
「学校出立ての若いのが見習いで映写技師をしてたんだけど、遅刻するんや、これが。お客が『まだか、まだか』って、待ってるから、見習いでもできるんやから、私が覚えられんことはないやろと思って、見よう見まねで映写機にフィルムをかけるのを覚えてね。でも、途中でフィルムが切れちゃったり、いろいろ問題が起きて。それを近所の映画館の映写技師さんが助けてくれたの。すごくいい人で、電話すると自転車をとばして3分で来てくれた。とても、よくしてくれてね。やっぱりあたし、ついとったわ、人に恵まれとった。いろんなところでね」
照さんは映写技術の変遷を全て、その身で体験した。
最初は映写機2台で15分ずつフィルムを付け替えていたのが、その後、大きい円盤状のフィルムになり、今やデジタルでブルーレイを1枚セットすればいい。“テケツ”(切符売り場)だけでなく、亡き夫・昭夫さんの写真を掲げている映写室も、照さんの仕事場となった。