「こまめに水を飲みましょう」は正しいのか?
熱中症対策として最もよく知られているのが水分補給です。「こまめに水を飲みましょう」というメッセージはあちこちで目にしますが、水分の取り方にはコツがあり、方法を誤ると十分な効果が得られません。
水分補給に用いる飲料の中で、最も電解質(ナトリウム・カリウム)を豊富に含むのは経口補水液です。熱中症対策として最も優れた選択肢ですが、価格が高いため、誰もが日常的に購入できる状況ではありません。
そのため多くの場合は、スポーツドリンクが選ばれます。ただし、スポーツドリンクには注意点があります。それは、糖分が多いことです。特に糖尿病を患っている高齢者が「暑いから」と大量に飲んでしまうと、血糖値がさらに上昇するリスクがあります。
暑い日に運動してのどが渇いたとき、ペットボトルを一気に飲み干したくなるのは自然な衝動です。しかし、これが逆効果になることがあります。いわゆる「脳が嘘をつく」という現象です。
少し脱水状態になって「のどが渇いた」と感じたとき、水だけを大量に飲むと血液が薄まります。すると脳は「血液が薄まりすぎた、これ以上水分を吸収してはいけない」と判断し、腸に指示を出して水分の吸収を止めてしまうのです。どんなにがぶがぶ飲んでも胃や腸には水が残るものの、実際には身体に正しく吸収されない状態になってしまいます。
だからこそ「塩分も一緒に取りましょう」といわれているのです。塩分を一緒に取ることで血液の濃度が適切に維持され、水分が正しく吸収されるようになります。
「熱中症は血管をやられるんだよ」
私たちの熱中症研究に具体的な方向性が定まったのは、ある意外な場でのことでした。
長野県の長野赤十字病院で災害医療を専門としているA先生と話す機会があり、ふとした話の流れの中で「熱中症は血管をやられるんだよ」という一言を聞いたのです。救急の現場で数多くの重症患者を診てきたA先生ならではの、実感のこもった言葉でした。
そこで熱中症と血管の関係について早速、研究室で実験を開始しました。商業用の血管内皮細胞を購入してシャーレの中で培養し、そこに熱を加えて観察するというシンプルな出発点でした。対照実験として隣に並べたのは、私がそれまで研究の主役として扱い慣れていたがん細胞でした。
温熱療法などの知見から、がん細胞は熱に弱いというイメージがあったので、両者を同じ条件で熱にさらしてみたところ、予想と異なる結果が出ました。がん細胞は意外と元気を保っており、一方で血管内皮細胞のほうがみるみる傷んでいったのです。A先生から聞いた「熱中症の重症化は血管の病気だ」という言葉が、実験という形で目の前に裏づけられた瞬間でした。
37℃から40℃で血管内皮細胞はどうなるのか
血管内皮細胞は、血管の最も内側を薄い一層として覆っている細胞です。細胞同士が隙間なく密着することで、血液中の水分や成分が血管の外に漏れ出さないよう守るバリア機能を担っています。
血管内皮細胞は「水分や血液成分などを絶対に漏らしてはならない」というその役割を担うため、細胞同士がきっちりと密着した状態を保ち続けています。この密着状態を維持するためには、細胞が常にエネルギーを消費し続ける必要があります。
通常の培養環境である37℃では、血管内皮細胞は健やかにその構造を維持しています。顕微鏡で見ると、紫色に染まった細胞たちが隙間なくびっしりと並んでいる様子が観察できます。
しかし、この培養温度を40℃に変えると変化が起きます。細胞同士の密着が緩んでいき、やがて隙間が生じ始めるのです。
実験ではさらに極端な条件――40℃で48時間継続――という状況も試しました。すると、血管内皮細胞は死滅し、シャーレの中の細胞は穴だらけの状態になってしまったのです。
血管は熱に弱く、熱中症は血管がやられることで重症化する。確かに、40℃が2日間続いて何の処置もされなければ、人は命を落としてしまうでしょう。

