何があっても動じない「温厚な人」は、どう自分の機嫌を取っているのか。プレッシャーを跳ね除け成果を出す4人に、自分を大切にする方法を聞いた。
作家 村山由佳
【猫】
繕った笑顔は猫にバレる だから心から機嫌よくいる

守るつもりだった存在に自分が守られていた

物心ついたころから実家には猫と犬がいましたが、中でも猫が人生において欠かせない存在になったのは、一人暮らしを始めてからでした。

一度目の結婚後に鴨川に住んでいたときには、実家で母に処分されかけた子猫2匹を夫には「住み着いてしまった」と嘘をついて、連れてきて床下で飼っていました。当時の夫は元々、猫が苦手だったためです。その1匹「こばん」が子猫の「真珠」を産み、家の中に入れるようになると、さらに「真珠」が子猫を4匹産み、家の中に複数の猫がいる暮らしが始まりました。

数年後、私は鴨川の家から“出奔”しました。当時の夫も猫をかわいがるようになっていたものの、春夏秋冬にちなんで名づけた「かすみ」「むぎ」「もみじ」「つらら」の4匹のうち、三毛の「もみじ」だけは私にしか懐かなかった。「必ず連れに帰るから、待っていて」と言って、東京でペット可の物件を探し、迎えに行ったのはひと月後。「もみじ」は私に飛びついてきました。足元にすがりついて鳴き、ジーンズに爪を立てて必死に肩までよじ登ってきた姿は今も忘れられません。

人間にとってはたったひと月でも、猫には訳もわからず訪れた永遠の別れのように感じられていたのでしょう。彼女の姿を見て、「私のことをこんなに求めてくれていたのか」と思うと同時に、「ないがしろにできない。この子の命を、腰を据えて引き受けなければならない」と強く感じたのです。

そうして「もみじ」を連れて一人暮らしを始めました。もし私に何かあって家に帰れなくなれば、この子は部屋の中で死んでしまうかもしれない。何としても家に帰って来なければと考えるようになりました。当時はもしものことを考えて、自分の財布に「部屋に猫がいます。もし私の身に何かあった場合には、下記までご連絡ください」と、一番親しかった友人の連絡先を明記したカードも入れていました。

「もみじ」と村山さん
「もみじ」と村山さん

夫との離婚や初めての一人暮らしの不安もあり、心も傷ついて立っているのがやっとの状態でしたが、私がいなければ生きていけない「もみじ」の存在が、心の支えになっていました。命に対する責任をどう果たすかが、私の生活の基本になったのです。

つらいとき、「もみじ」はただ傍にいてくれました。そんな姿を見るにつけ、「猫のためにも私自身が健康でなければならない。先に死ぬわけにはいかない。猫の医療費のためにも、きちんと稼がなければならない」と思うようにもなりました。まさに「もみじ」と私は一蓮托生の運命共同体。魂が引き合うような関係で、彼女のために、私は私自身を大事にしなければならなくなりました。こちらとしては何としても猫を守るつもりでしたが、今思うと実際には私のほうが猫に守られていたのではないかと感じます。

「もみじ」は二度目の結婚と離婚、そして現在の夫と暮らし始めてからの人生も、ずっと一緒に過ごしてくれました。そして2018年3月、17歳10カ月で息を引き取ります。

その間、体の大きな「銀次」や兄妹猫の「サスケ」「楓」に加え、亡くなった父の飼い猫「青磁」を引き取ったりと複数の猫を飼っていて、それぞれの可愛さがあり、愛情を注いできました。

それでも、「もみじ」ほど心が通じ合った、魂が近いと感じられた猫はほかにはいませんでした。猫に囲まれながらも、「もみじ」とのような関係は、もう再現できないのだろうかと寂しい思いを抱えてもいたのです。

(構成=梶原麻衣子 撮影=大槻純一(村山氏))