日本人女性と結婚する各国の大使たち
私の在任当時では、トルコの大使の奥さんが日本人女性だった。一等書記官として日本に赴任した時に結婚し、本国に戻った後、今度は大使となって奥さんを帯同して日本に戻ってきていた。
ハンガリー大使もこれとまったく同じパターンで、奥さんが日本人だから日本語がペラペラ。
中南米のP国大使は引退した後、日本に住みついたが、この人の奥さんもやはり日本人だった。
当時のジョージア大使の場合はちょっと違い、本国で離婚を経験した後、子息を連れて日本に赴任した際、東京のあるホテルの女性従業員とめぐり会って再婚した。
出会いの経緯については私もくわしく知らないが、出席したどこかの国のレセプション会場が出会いの場となったようだ。
それまでジョージアのナショナル・デーのレセプションは別のホテルで毎年開かれていたが、この翌年から大使夫人が勤めていたホテルで開かれるようになったのは当然のなりゆきだろう。
選挙のたびに多数の死者が出る南アジアの国
ちなみに豆知識だが、日本に来た大使や外交官の配偶者が日本人だった場合、配偶者が日本国籍のままだと外交特権は与えられない。
配偶者が相手国の国籍になっている場合は、外交官と同じ特権が与えられる。
レセプション会場で毎年のように殴り合いの喧嘩騒ぎが起こるという困った国もあった。
南アジアのある国では、与党と野党が激しく対立し、選挙のたびに多数の死者が出る。日本で暮らすこの国の人たちのコミュニティも、対立の図式を鏡のように反映していた。
毎年12月の独立記念日のレセプションは大使館で開かれた。
この日ばかりは与党支持者も野党支持者も分け隔てなく、来たい人が大使館に集って一緒にお祝いをするのが伝統なのだが、政治談議好きな国民性ゆえに、人が集まると議論があちこちで始まるのだ。
やがて、口論がもみ合いになり、そして殴り合いが起き、壁の絵の額装が叩き割られたりして、管轄の警察署が呼ばれて騒ぎを収めねばならなくなるというのが毎年恒例のことになっていた。
来賓もいる場でこんな醜態をさらすのは大使としても面目ないことだ。
そこで、ある年、大使は私たちの力を借りて、もめごとの種を排除することにした。
大使館の入り口に職員と警察官を配置して、前年のレセプションで騒ぎを起こした連中を中に入れないようにする作戦をとったのだ。

