段階を追って顔立ちが変化する

もし、冒頭の中学生がハンバーガーを噛みきれない状態を放置した場合、どのような影響が及ぶかを見ていきましょう。

第1段階:骨格(顎の成長・歯並び)の異変

顎の骨は筋肉(咀嚼筋)からの適切な機械的刺激を受けて、成長を促されます。しかし前歯を使わない、あるいは正しく噛めない状態が続くと、顎の骨は「成長する必要がない」と判断し、成長を止めてしまいます。

これまでの複数の研究結果(※)を踏まえると、前歯の接触不足によって、上の顎の成長量が本来より20%小さくなる可能性があること、下顎も正常な状態より5mm程度小さくなり、後ろに位置することがわかっています。

【参考文献】
日本歯科医学会「小児の口腔機能発達評価マニュアル」(2018年3月)
近藤愛理「咀嚼筋機能低下による顎骨退行性変化でのミトコンドリア関連シェアストレス蛋白の関与」(2024年6月)
日本歯科医学会「口腔機能発達不全症に関する基本的な考え方」(2024年3月)
楠元桂子ほか「上・下顎骨標準成長曲線の作成とそれを用いた顎整形装置の顎骨成長に対する効果の評価」(日本矯正歯科学会雑誌 55巻4号、1996年8月)

第2段階:顔貌(顔立ち)の変化

下顎の成長不足と後退によって、下顎が小さく後退します。これによって口元が突出、横顔が「鳥」のように見えることから「鳥貌」とよばれる状況になります。

第3段階:顎の形と歯並びに影響

2の結果、顎の形は「V字型」の不自然な形になります。顎が狭くなると、本来並ぶはずの永久歯がスペース不足で並びきれません。V字型の顎では85%の割合で歯が重なる「叢生」とよばれる歯並びになります。

第4段階:再び、顔貌に影響

影響はさらに顔貌に及びます。叢生によって常に口が半開きになるため、鳥貌に加え、出っ歯や二重顎にもなりやすいです。この特徴的な顔つきは「アデノイド顔貌」とよばれます。

口腔機能の発達不全は、見た目のコンプレックス、さらにはまわりに与える印象まで影響しかねないのです。

数十年後「健康格差」が拡大する

そして、放置したまま大人になってしまった場合、その影響は老後にまで及びます。

歯の痛みを感じて手を当てている女性
写真=iStock.com/AH86
※写真はイメージです
①奥歯の破折が4.2倍に

食べる時に前歯で噛み切る第一段階を行わないために、すべての負担は奥歯に集中します。このため、歯を守っているエナメル質の摩耗速度が早くなり、強度が低下。その結果、奥歯(小臼歯)の破折率は4.2倍高くなります。

②歯周病への影響

また奥歯の過重労働により、歯周病進行の目安となる歯肉ポケット深度も1.5倍に。この結果、歯を失うこともあります。

③通常より早くオーラルフレイルに

近年、注目されている「オーラルフレイル」は、高齢者特有の問題と考えられていました。しかし、40歳代で3人に1人、50歳代で2人に1人に口腔機能の衰えがみられるという報告もあります。

幼少期に口腔機能が十分に獲得(発達)できなかった人は、生涯にわたり機能が低いことになるので、加齢とともに通常より早くオーラルフレイルの状態になる可能性が高まります。実際、複数のデータ(※)を元に独自に算出したところ、口腔機能発達不全症の人は(そうでない人と比べ)16年も早く「オーラルフレイル(口の衰え)」になる可能性があります。

また、オーラルフレイルの人は(そうでない人と比べ)、年間に医療費(薬剤費含む)が約30万円多くかかることもわかっています。

【参考文献】
・平野浩彦「フレイル・サルコペニア・ロコモを知る・診る・治す:2.オーラルフレイルの概要と対策」(日本老年医学会雑誌 52巻4号、2015年)
・宮原周三「口腔機能について(オーラルフレイルと口腔機能低下症)」(老年栄養ドットコム、2025年9月22日)
・日本歯科医師会「歯科診療所におけるオーラルフレイル対応マニュアル2019年版」(日本歯科医師会、2019年)
・渡邊 裕ほか「オーラルフレイルに関する高齢者の保健事業と介護予防の一体的な実施に関する研究」(2025年6月)
・平野浩彦ほか「オーラルフレイル対策における口腔機能の維持・向上のための効果的な評価・介入方法の確立の研究」(厚生労働科学研究成果データベース、2025年5月)

④歯を失いやすくなる

口腔機能発達不全症の人は、歯を多く失う(5.6本)ことも分かっています。

⑤そして、全身へと波及

影響はお口の問題では終わらず、全身に波及します。

具体的には、感染症、誤嚥性肺炎リスクが高まります。

口呼吸における酸素不足が疲労や免疫力低下を招き、感染症に罹患しやすくなります。さらに口呼吸は肺炎の原因となる口の中の菌の繁殖を高め、高齢者死因第3位の誤嚥性肺炎リスクを上げます。咀嚼機能の低下も誤嚥性肺炎の原因になることが分かっています。

その他にも、口呼吸における酸素不足は睡眠の質にも影響します。睡眠障害による集中力低下、上記のようにお口の健康が乱れることで栄養不良による成長阻害、免疫力低下によるアレルギー悪化、など、口腔機能発達不全症が全身に深刻な影響を及ぼす可能性があることが指摘されています。

子供の時に「風船を膨らませられない」、中学生で「ハンバーガーを噛みきれない」ことを放置した代償は、数十年後に食事の不自由さや健康格差、そして経済的負担にまで及ぶのです。