病院が企業の「データ供給源」になる
これを踏まえて、もしこの法律がじっさいに運用されるにいたった場合に、医療現場ではどのようなことが起きうるのか思考実験してみましょう。
たとえば市中病院や診療所に医療データベース関連企業やAI開発業者から、統計作成や診療支援に活用可能なデータを集めているなどとして、「ご協力のお願い」なるものが来るようになることが予想されます。
最初は「貴院には高血圧症に糖尿病を合併した患者さんは月に何名くらい来院されますか? お答えいただいた場合は薄謝進呈いたします」といった簡単なアンケート調査のようなアプローチかもしれません。しかし、いったん対応してしまうと、2回目以降は、年齢、検査値、処方内容、受診頻度など、より細かなデータ項目の継続的な提供依頼へと変わっていく可能性も十分にあり得るでしょう。
そうなると提供側の負担がかなり増えることになりますから、業者側は「なるべくご負担のないよう、既存の電子カルテから自動抽出させていただきます」「弊社とのシステム連携によりご負担をおかけすることはございません」といった対応をしてくることも考えられます。
そしてあくまでもデータ収集の表向きの目的は「診療支援」「医療の質向上」「地域医療への貢献」です。しかしこれらの企業と医療機関とがこのように、いったん一体化してしまうと、データ提供元の医療機関は、すっかりこれら企業の「データ供給源」としての役割を担うことになります。
そのように収集された患者さん個人のデータは、将来的には「医療の質向上」になんらかの利益をもたらすかもしれませんが、そこに確たる保証はありません。データを供給する医療機関も、将来どのように利活用されるかわからないという不確実性を踏まえたうえで企業と契約し、患者さんのデータを流すことになるのです。
誠実な医師ほど、データを出せない
このようにしていったん院外に流れた情報が、その後どのような使われ方をされていくのか、追求していくことは非常に困難と言えるでしょう。
そして万が一にでも、提供した患者さんの情報が、個人が特定される形で扱われることとなっても、時すでに遅し。回復させることもきわめて困難です。
そのリスクを踏まえても、日本の未来の医療の質向上に貢献するとしてデータ提供をおこなおうという医療機関はあるでしょうか。
一部にはそうした医療機関もあるかもしれません。
しかしその場合、その医療機関はいったい患者さんにどのような「説明」をおこなうのでしょうか。
「患者の同意は不要」とはいっても、データ提供をおこなっている医療機関であることさえも、患者さんにアナウンスせずによいのでしょうか。
これぞまさに「医師のプロフェッショナリズム」における「説明責任」にかかわる非常に重要な問題です。
誰に、何のために、どこまでの情報が渡り、患者さんにどのような拒否の余地があるのかを、診察室で説明することは可能でしょうか。
現状の法案の立てつけでは、どこまで安全が担保されるのかを、医療機関として患者さんに責任をもって説明し切ることが、きわめて難しいと言えます。
つまり患者さんに誠意ある対応をおこなうことをモットーとしている医療機関であれば、「医師のプロフェッショナリズム」を十分に理解し備えた医師であれば、この法律のもと、自身の受け持つ患者さんたちの情報を安易に企業に提供するなどできないのです。

