リベラリズムと文化芸術が絶滅したエロ天国
ディストピアのはずが、やけにバブリーな雰囲気が漂う新世界。ここでは人々が社会に不満を抱いたりしないよう、すでにリベラリズムや文化芸術が絶滅に追いやられているのです(自意識と個性が強くなりすぎた者は島送り)
その代わりに、憂鬱を吹き飛ばす麻薬のような薬「ソーマ」が配給され、キスの触感を味わえる感覚映画などの娯楽がたっぷり用意されています。
さらに新世界の子どもは、幼いころからエッチな遊びを推奨されて育つので、エロが日常にあふれています。職場で女性の尻をさわるのは、もはやエチケット。
まるで一昔前の日本みたいです。清潔に管理されているはずの未来世界でエロが蔓延しているのは、ちゃんと合理的な理由があります。
性欲を少しでも堰き止めると、あふれた欲望が愛という取り扱い困難な感情に育ってしまうからです。
一夫一婦制の恋愛と家族愛が悪徳になる世界
資本主義社会の歯車として安定した労働力を提供するには、「気がたしかで、従順で、現状に満足し、安定した人間」でなければなりません。
相手のことで頭がいっぱいになってしまうロマンティックラブや、子どものケアを優先する家族愛は、社会の安定を乱すもとです。
だから絶えず性欲を発散してロマンティックラブに至らないようにし、その延長線上の家族愛が生まれないようにしています。新世界では、一夫一婦制の恋愛と家族愛はおぞましい悪徳なのです。
新世界を統治する世界統制官は、家族愛や恋愛感情がいかに狂気や不安をもたらすかを、生徒たちに説いて聞かせます。「堰き止められた衝動はあふれ出る。あふれ出たものが感情となり、情熱となり、狂気にもなる」。
だから、性欲などの衝動はすぐに満たさなくてはいけません。そうすれば「定められた水路をよどみなく流れて、おだやかな幸福に至る」。
そう、お腹がすいたと感じると同時にミルクを与えられる赤ちゃんが、あまり泣かなくてすむように。
感情は、欲求と充足との時間差に潜んでいる。
その時間差を短縮し、過去の無用な堰をすべて破壊せよ。
かつての日本の職場でセクハラが蔓延し、会社帰りに連れ立って風俗に行くような文化が存在したのも、労働者を家族愛から切り離して効率的に働かせる効果があったからかもしれません。
家族を大切に思ってケアを優先し、家族と一緒に過ごしたがる労働者は、長時間労働には不向きです。そうならないように、即物的なエロと娯楽を与えて孤独なままにおくほうが、合理的であるといえます。
現代においても、子どもの看病で休む労働者よりは、家庭に居場所がないのでサービス残業もいとわず働く労働者のほうが、企業に好まれることに変わりはありません。
1932年出版の小説の中の世界とは思えないくらい、新世界は理にかなったしくみで動いています。しかも新世界は、少子化とは無縁です。

