“孤高の時間”が人を大きくする
ARCTのサイクルでは、大きな挫折を通じて一気に変容する人もいれば、日々の小さな気づきを積み重ねて徐々に変わる人もいます。歩み方は人それぞれですが、どのような形であれ「自分自身と深く向き合うこと」は避けられません。
「認識(R)」では自分の限界を見つめ、「構想(C)」では本当に何を望んでいるのかを問いかけ、「変容(T)」では変化への恐れや不安と向き合いながら一歩を踏み出すことになります。
いずれも、目を背けてきた自身の未熟さや内なる声に対峙する、一筋縄ではいかないプロセスです。これは知識を学んだりスキルを磨いたりすることとは異なり、自分自身の内面の変化を引き受けるため、ある種の孤独感を伴うことになります。
ただし、この孤独感は他者から切り離された否定的な状態とは異なり、むしろ「孤高」と呼ぶほうが適切と言えます。孤高とは、周囲に流されず自分の内なる声に従いながら、それでいて深いところで他者とつながっている、といった主体的な在り方を指します。
経営者・管理職といった責任ある立場では、日々の会議、面談、報告、判断に忙殺され、気づけば他者の声で頭が埋め尽くされ、自分の内なる声を聞く余裕が消えてしまいがちです。
だからこそ、より一層、意識的に孤高の時間をつくることが大切になります。散歩・瞑想の時間を設けて物理的に一人になる、日記を書いて自分に問いかける、自己開示できる相手と本音で語り合うなど、方法はなんでも構いませんが、自分の内面と向き合う習慣を持つことが、ARCTのサイクルを動かし続ける原動力になります。
そして興味深いのは、自分の内面と深く向き合った経験がある人ほど、むしろ他者とのつながりも深まることです。自分の弱さを知る人は他者の弱さにも寛容になり、自分の願いを知る人は他者の願いにも関心を持てるようになります。
孤高の時間を設けることは、他者とより豊かなつながりを育むための土台になるのです。
“本音を言える場”がなくなったら
ARCTのサイクルを回した事例として、筆者が提供するワークショップに参加したAさん(48歳、大手食品メーカーの人事部門で働く女性)の例を紹介します。
Aさんは「優等生」として育ち、厳格な両親の期待に応え、安定した大手企業に就職しました。幼少期を振り返りながら、Aさんは次のように語りました。
「私は優しい人間だと思っていました。でも今思えば、その優しさの根っこには弱さがあったんです。人と衝突するのが怖くて、だから周りに合わせていた。相手に合わせ、規範に従っていれば、弱い自分を守れると思っていたんです」
子どものころに形成された基本的な価値観は変わらないまま、仕事においても「Aさんに任せれば大丈夫」と言われることがAさんの誇りになっていました。
しかしその裏側で、納得できない指示にも頷き、言いたいことを飲み込み、「空気を読む」ことを自分に課すことで、本音を言える場所を徐々に失っていきました。

