メディアに「お願いをした」副知事の迷い

吉元氏によれば、事件発生の第一報を受けて、まず考えたのは被害に遭った少女を徹底的に保護することだった。少女の将来を考えて「外部」からまもること、これを何よりも優先して考えたという。応急的なケアの時間も絶対的に必要だ。狭い地域社会で小さなことから身元がわかってしまい、心ない反応が返ってくることを防ぎたい、と。

金平茂紀さんの著書『筑紫哲也「NEWS23」とその時代』(朝日文庫)
金平茂紀さんの著書『筑紫哲也「NEWS23」とその時代』(朝日文庫)

そのため吉元氏は、ここには記すことができないが、センシティブな、かつ具体的な動きをした。その上で、吉元氏は当時の地元メディアの上層部に、被害者の将来のことを考えて慎重な報道をするように「お願いをした」という。

「被害者がこどもの場合、家族だけでは対応しきれないんですよ。つらい仕事でした」

それで納得がいった。吉元氏は、僕の前で大きく息を吐きながらこんなふうに述べた。

「私の対応が、結果的によかったのかどうか、わからないです。でも、あの子の将来のことを考えるとね……。この種の問題は沖縄では実は本当にたくさんあるんですよ」

基地問題は30年たっても解決していない

吉元氏は、当時、北京から帰国して急遽、怒りの記者会見を開いた高里さんとは一切話をしていなかったという。念のために確認しておくが、高里さんたちも、被害に遭った少女の保護については、長期にわたる実質的な支援を行い、メディアに対しても鋭い問いかけを行っていた。被害に遭われた方の回復・安寧を心から願わずにはいられない。

この事件は、日本全体に大きな衝撃を与え、沖縄では反基地感情が空前の高まりをみせた。当たり前である。米政府は危機感を募らせた。このままでは沖縄に基地を維持できなくなるのではないか。橋本龍太郎内閣は、米政府との協議の結果、普天間基地の返還等について合意に達した(いわゆる「SACO合意」)。

その普天間基地を同じ沖縄の地に移すなどとは当時一体誰が想像していたことか。さらには、日米地位協定の根本的な改定は今に至るまで行われていない。筑紫さんが生きていたならば、今の沖縄の風景をどのようにみるだろうか。

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