ライバル番組より1週間も遅れた理由

僕はその日は夏休みをとっていてスペインにいたと古い日記にあった。何てこった。当日のデスク編集長の田中龍男(僕の同期入社の同志。『23』で喜怒哀楽をともにした。元TBS監査役)に後日聞いたところ、筑紫さんの怒りようは尋常ではなかったという。

以降、『23』はこの出来事に徹底的にこだわったが、大展開できたのは何とNSに遅れること1週間、9月19日になってからだった。僕自身も沖縄に出向いて取材を続けたのだが、その結果、どうしても不可解なことが心に残った。

それは、これほどの酷い事件であったにもかかわらず、県警の発表が「貼り出し」(県警広報が記者たちを招集して発表するのではなく、広報ボードに紙を貼り出しておく形式。通常は軽微な事件の扱いの場合に便宜的にとられる方法)だったことだ。それゆえか地元紙の第一報記事が小さな扱いであったこと等を知り、どう考えても僕はに落ちなかったのだ。