AIによって「正解」があふれる時代

【山口】アメリカの作家、ダニエル・ピンクが2005年にアメリカで出版してベストセラーになった『ハイ・コンセプト』(大前研一訳、三笠書房)のなかで、これからの時代はMBA人材よりもMFA(Master of Fine Art:美術学修士)人材のほうがビジネスにおける価値が高まっていくと書いていました。

2008年4月17日にロンドンで開催された「CIPD HRD(人事・学習開発)カンファレンス」に登壇したダニエル・ピンク氏
2008年4月17日にロンドンで開催された「CIPD HRD(人事・学習開発)カンファレンス」に登壇したダニエル・ピンク氏(写真=Guy Holden Photographer/CC-BY-2.0/Wikimedia Commons

実際、デザインスクール出身のベンチャー起業家も増えていたりして(Airbnb共同創業者ブライアン・チェスキーとジョー・ゲビアなど)、論理的な思考よりも感性的な思考が実は重要になっているんじゃないか、ということですよね。

【深井】納得のいく話です。

【山口】20世紀には、問題解決能力のある人材が重視されてきました。ビジネスのボトルネック(隘路)が、不便・不満・不安といった問題をどう解決するかにあったからです。「問題を解く」、「正解を出す」ということにおいては、経営における問題を解決するための技術や知識を体系的に学んできたMBA人材が向いていて、活躍できたわけですよね。ところが、現在、特に先進国では生活の不便のような問題は解消され、しかもAIによって正解が世の中にあふれている。

こうした状況下では、問題を解決する能力よりも「問題を発見し、他者に提起する」能力のほうが重要になっています。世の中の勝利条件や勝ちパターンが変化しているので、求められる人材や、有効な学位やスキルも変化しているわけですよね。

実際にそのような変化は社会に表面化しています。たとえばMBAの応募に必須に求められるGMATの受験者数の推移を見ると、ピークは2009年の3万件で、2024年には1万件と6割近く下落しています。個別のスクールで見れば状況は様々ですが、MBAという学位全体で見ればトレンドは「明確な長期下落傾向にある」ということです。

グローバルトレンドに逆行する日本

一方で、こういったグローバルトレンドとは真逆に、日本では「文学部を廃止せよ」「人文系学部は役に立たない」といった暴論を吐く人がいる。「世界のコンテキストをわかっていない」というしかありませんが、こういった物言いについては、深井さんと私でタッグを組んで断固闘いましょう。

そうした文系学部廃止の背景にあるのは、日本では勝利条件が変化していることに気づいている人が少ないからだともいえます。これは社会全体として見ると困ったことですが、個人の「人生の競争戦略」という観点から考えると大きなチャンスと捉えることもできます。

なぜなら、マーケットの需要に対して供給ギャップがあるからです。実際には人文科学が価値を持ち始めているのに、多くの人がビジネスに直接役立つ学位やプログラミングを勉強した方がいいと考えている状況だと、人文知を身につけている希少な人たちは容易に労働市場での競争優位を持つことができる。人文知が軽視されがちな日本だからこそ、人文科学を学ぶことのリターンは大きいという、ちょっとエグい言い方もできますよね。

【深井】そうですね。人文知に長けていると、社会や組織の内外を構造的に理解する力が身につくんです。単に知識があるだけではなく、読書や歴史の学びを通じて社会を構造的に理解しようという身体感覚が身についている人は、どんな組織にいようが、どんな時代に生きていようが、いま、自分が置かれた環境と状況をメタ的に理解することができるはずです。ただ、現状理解をすることは、実はめちゃくちゃ難易度が高いということはあらためて強調したいところです。自分ができていると思っている人のほとんどはできていません。