中国はガスを必要としていない
ロシア側に動きがなかったわけではない。ウクラインスカ・プラウダの報道では、ガスプロムに近い関係筋が「同社は非常に魅力的な(中国側に有利な)価格案を提示している」と認めている。ロシアは今年9月までの価格合意を目指しているという。
それでも中国側は、計画を前に進めることに「ほとんど熱意を示していない」と関係筋は明かす。大幅な値引きを覚悟でガスを売りたいプーチン氏と、冷めた視線の習氏。この構図に、両国関係の非対称性がはっきりと表れている。
習氏はなぜ、ここまで強気な振る舞いを続けられるのか。答えはロシアの選択肢の少なさにある。
プーチン氏自身、4年近く前にすでに、交渉の手強さを認識していた。2022年9月の東方経済フォーラム(ロシア政府がウラジオストクで毎年開く国際経済会議)で「我々の中国の友人は手強い交渉相手だ」と認め、「ガス供給価格の各パラメータで北京と合意することは決して容易ではない」と語っている。
大西洋評議会はこうした発言を取りあげた上で、さらに、ロシア側は新パイプラインの建設費として少なくとも1000億ドル(約16兆円)を持ち出さなければならないと推算。一方で、中国側に急ぐ理由は乏しいとみる。
同記事は、「中国は2030年以降まで、現行以上のガスの供給を必要としない」と分析し、新規契約でガスプロムに価格の上乗せを認めない理由はこのためであると指摘する。膨大な建設費を負担するロシアとしては、非常に厳しい状況に陥った。
欧州を失い、アジアにも繋がっていない
スウェーデン国際問題研究所中国センターの研究員ヘンリク・ヴァヒトマイスター氏は、米政府系国際放送局のラジオ・フリー・ヨーロッパ/ラジオ・リバティに対し、構造には歪みがあると言い切る。「ロシアは、中国がロシア産エネルギーを必要とする以上に、貿易収入を必要としているのです」
ヴァヒトマイスター氏はさらに、「ロシアには代わりの買主が少なく、制裁の影響もあって割引価格で石油を売らされています。中国には複数の供給元があり、経済全体の規模もはるかに大きいのです」と続けた。プーチン氏と習氏の交渉材料には、決定的な差があるというわけだ。
背景にあるのが、欧州市場の喪失だ。ノルウェーのオンライン新聞であるバレンツ・オブザーバーが伝えるように、長年欧州各国に天然ガスを送り続けてきた全長4500キロの「ブラザーフッド・パイプライン」は、ウクライナ侵攻後の2024年末に運用を停止した。代替市場が確保できないまま、欧州への扉が閉じた形である。
では、アジア市場へ輸出すれば良いかと問われれば、事情はそう単純ではない。大西洋評議会の分析によれば、ガスプロムの上流ガス生産基盤は今、孤立した状態に置かれている。西シベリアの主要ガス田とアジア市場とを結ぶパイプラインが、そもそも整っていないためだ。
LNG施設も、制裁が課される前であれば天然ガスを代替市場へ振り向ける手段となり得たはずだが、ガスプロムは西シベリアにLNG関連の施設を1基も建てなかった。インフラの整備を先送りにしてきたことで、現在起きている値引き交渉の行き詰まりに繋がった。

