なぜ日本は「測らない制度」を続けてきたのか

では、なぜこれほど重要な気密性能が、日本では制度として位置づけられてこなかったのでしょうか。

まず確認しておくべきなのは、技術的に不可能だからではないという点です。

先に述べたように、日本国内にも、気密測定を全棟で実施し、高い気密性能を実現している工務店やハウスメーカーは存在します。

多くの工務店・ハウスメーカーは、「できない」のではなく、「やっていない」というのが実態です。

実は、日本でもかつては気密性能に関する基準が存在していました。1990年代後半から2000年代初頭にかけては、とても緩いものでしたが、目安の基準が設けられていた時期があります。

しかし、この基準は現在撤廃されています。

なぜこのような世界の潮流に逆行する制度変更が行われたのか、その理由はよくわかりませんが、背景として、いくつかの構造的な要因が考えられます。

一つは、コストの問題です。

気密性能を高めるためのコストは建設時に発生しますが、その効果である光熱費の削減や快適性の向上は、住み始めてから長期にわたって現れます。

建築費や分譲価格は購入時に明確に意識されますが、将来の光熱費は分散され、見えにくいものです。

この構造が、「初期コストを抑える代わりに、将来コストを負担する」という選択を消費者にさせています。

もう一つは、施工現場の負担の問題です。

気密性能を確保するためには、設計段階から気密ラインを明確にし、現場での施工精度を高い水準で管理する必要があります。さらに、完成時には気密測定を行い、数値で確認する工程が加わります。

これらは、現場の手間やコストの増加につながります。

短期的な建設コストを重視する市場においては、ニーズが顕在化しなければ、こうした追加負担は敬遠されやすくなります。

さらに見逃せないのが、供給側の産業構造の問題です。

日本の住宅市場では、大手ハウスメーカーの多くが鉄骨造住宅を主力としています。

しかし、鉄骨造は構造的に気密性能の確保が難しくなっています。

部材同士の接合部が多く、取り合い部分の処理も複雑になるため、木造に比べてすき間を完全に抑えることが難しいのです。

また、鉄は木に比べて温度による伸び縮みが大きいことも、安定して高い気密性能を確保することが難しくなっている要因のようです。

このような事情もあり、鉄骨造を主力とする事業者にとっては、気密性能の数値化や義務化は積極的に推進したいテーマではありません。

もちろん、これは産業全体の問題ではなく、あくまで一部の企業の問題です。

しかしこうした企業が多いため、結果として、業界全体として「気密を最低基準として強く求めない」方向にバランスが取られてきた可能性は否定できません。

こうした複数の要因が重なり、気密性能は制度として明確に位置づけられないまま現在に至っているのです。

その結果として生まれたのが「気密性能を確認しなくても成立する住宅市場」です。

基準が存在しておらず、測定されないものは、比較されません。

比較されないものは、価格にも反映されにくくなります。

こうして気密性能は、住宅にとって本来重要な要素でありながら、市場の中で評価されにくい状態に置かれてきました。

消費者は住宅を選んでいるように見えて、実際には本来は必要な「重要な情報」が与えられていないのです。

この構造こそが、日本の住宅市場が抱える大きな問題の一つなのです。

性能は「市場任せ」にしてはいけない

本稿をふくめ、これまで3回に分けて、岡田さんからのお話をふまえ、日米の住宅事情の違いを考えてきました。
〈第1回:「ホルムズ海峡が閉鎖したから」でも「冬が寒いから」でもない…家の電気代が上がり続ける根本原因
〈第2回:なぜ日本の学校は"暑くて寒い"のか…専門家が「先進国とは思えない」とあきれる"日本の公共建築のお粗末さ"

この中で強く感じたのは、北米では、住宅は単なる私的な財ではなく、エネルギー消費や環境負荷、さらには住民の健康にも影響を与える長期にわたって受け継がれるべき社会的なインフラであるという考え方です。

だからこそ気密性能についても、「最低でもこの水準は満たすべき」というラインを制度として明確に設定し、測定によって担保する。その上で、より高い性能は市場競争に委ねるという構造になっています。

一方、日本では、断熱・気密性能については、法制度ではなく市場に委ねられてきました。

遅ればせながら、断熱性能については、非常に緩い基準が法律により義務化されましたが、気密性能については手つかずの状況です。

その結果、見える性能は向上しても、見えにくい性能は後回しにされやすい構造が生まれています。

劣化しやすい可能性のある住宅であっても、それ自体では違法とはならず、日本の住宅が欧米に比べて極端に短寿命であることにつながっています。

そしてそれは、さらに日本の住宅が欧米に比べて「資産にならない」という事実にもつながっています。

住宅は人生で最も大きな買い物の一つであり、同時に長期間にわたって使われる社会資産でもあります。

重要な基本性能を「見えないまま」にしておいてよいのか。

今、改めて問われているのは、その一点なのではないでしょうか。

岡田早代(おかだ・さよ)
マサチューセッツ州認定設計士、 ウェントワース工科大学大学院客員教授、自然エネルギー財団研究員(建築の脱炭素関連)
2004年よりマサチューセッツ州で学校・保育園等の公共建築物の新築・改修、低所得者層の集合住宅の設計に従事。環境コンサルタントとしても活動している。
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