家族は「いい病院」に居てほしい

それまでは病院を介護施設がわりにして何カ月も入院しているお年寄りが少なくありませんでしたが、現代の診療報酬体系ではそんな患者さんばかりでは病院は赤字になってしまいます。病院としては、治療がすんで危険な時期を脱した患者さんには、どんどん退院してもらわなくてはなりません。そもそも大病院の多くは「急性期病院」、つまり緊急・重症な患者さんのための場所ですから、病態が安定した患者さんにいてもらうわけにはいかないのです。

萬田緑平『死ぬまで生きる』(河出新書)
萬田緑平『死ぬまで生きる』(河出新書)

ところが、「そろそろ退院を……」と言う医師の言葉を喜ぶ家族はまずいません。ほとんどの方が「こんな状態で退院させられては困る」と言います。お年寄りの場合、元気になって退院するというケースはまれで、たいていは入院する前よりも弱々しくなります。だから本当はお年寄りを安易に病院に連れて行ってはいけないのです。急性期病院は設備もしっかりしたいわゆる「いい病院」ですので、家族としてはできるだけ長く「いい病院」に入院していてもらいたいのです。なかには主治医にお金を握らせて「もう少し入院させてください」なんてケースもあります。

退院をしぶる家族に納得してもらうためにも、医師は退院後は療養型病院や介護施設に入ってもらうことを考えます。

介護施設が条件にするケースも

そしてこのとき、施設側から「胃ろうを入れること」を受け入れ条件にされるケースが多いのです。

高齢になったり脳の病気になったりすると、ものを飲み込む力(嚥下)が弱くなることがあります。お年寄りが入院したとたんに体力や筋力が低下したり、歩けなくなったりすることはよく言われますが、同時にものを飲み込む力も、病気の治療をしている間に、あっという間に衰えます。

ものを飲み込む力が低下すると、食べ物や唾液が食道や胃に行かず、気管に入り込んでしまうことがあります。健康な人なら気管の入り口に入ったところで、むせて排出することができます。ところが飲み込む力が弱まっているとむせるだけでは出すことができなかったり、むせること自体ができなかったりします。それによって食べ物や唾液が肺に流れ込んで誤嚥性肺炎になります。

本人の意志が反映されない現状

これを防ぐために、ものを飲み込む力が衰えた場合には、とろみをつけた「とろみ食」や食材を細かく刻んだ「刻み食」が用意されます。施設側にとっては用意するのも大変ですし、食事介助にも手間がかかります。患者さんがむせ込まないように、ゆっくり時間をかけて少しずつ口に運ばなければならず、慢性的な人手不足に苦しむ療養型病院や介護施設にそんな労力がさけるはずもありません。食事を「安全に管理」するならば、チューブで栄養を流し込むだけの胃ろうのほうが、ずっと効率的です。

こうして家族と病院、施設の都合が絡まり合い、本人の意志とはまったく関係のないところで胃ろうが造られていくのです。

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