消費税ゼロを恐れる「農業既得権グループ」
ここまで述べてきたように、食料品の消費税ゼロは、マクロ経済の観点から見れば「物価高対策」の名に値しない。むしろ財政悪化や円安を通じて、物価高をさらに悪化させる危険すらある。
しかし皮肉なことに、この政策には一つだけ、既得権を揺さぶる効果がある。日本農業の構造改革を迫る可能性だ。食料品の消費税ゼロに警戒しているのは、財政悪化やインフレを懸念する立場だけではない。JA全中をはじめとする農業既得権グループもまた、別の立場からこの政策に強い警戒感を抱いている。
ただし、その理由は私とはまったく異なる。彼らが恐れているのは、食料品の消費税ゼロが、零細兼業農家を支えてきた現在の“特例構造”、より直截に言い換えれば零細農家保護・温存によるJA農協の利権構造を崩しかねないからだ。
図表1からわかるように、日本の農家の8割は売上が500万円以下の零細農家だ。さまざまな農業保護政策でこうした小規模経営を滞留・温存させてきたことが、日本農業の生産性が伸び悩む大きな要因となっている。もし彼らが農業から撤退し、農地が大規模農家へ集約されれば、生産性が向上し、コメなどの食料品の価格の低下につながる可能性が高い。しかし、零細農家の多くは兼業農家で、その兼業収入をJA農協は預金として活用することで発展してきた。
そして、減反・高米価政策と並んで、その零細兼業農家を下支えしてきた政策こそが、現在の消費税制度なのである。
消費税の制度の中にいる事業者はインボイス制度(適格請求書等保存方式)で繋がっている。しかし、外にいる免税事業者はインボイス(適格請求書)を発行できないので、納税事業者との取引から排除されるという問題が生じる。インボイスがないと、「仕入れ税額控除(納税する消費税額から、仕入れの際に支払った消費税額を控除してもらう制度)」ができないためだ。
たとえば、コメの卸売業者が免税事業者の農家からコメを仕入れてスーパーに売る場合。本来なら、卸売業者はスーパーから受け取った消費税額からコメ農家に払った仕入れにかかる消費税額を控除できるはずなのに、免税事業者の農家はインボイスを発行できないので、卸売業者は仕入れ税額を控除できない。免税事業者と取引すると、卸売業者はスーパーから受け取った消費税をまるまる納税しなくてはならない。卸売業者にとっては消費税の負担が重くなるため、免税事業者は卸売業者から取引を拒否され、流通過程から排除されてしまう。
このことにより、零細農家が農業から撤退することをJA農協や農林族の政治家は恐れたのだ。零細農家のほとんどは会社員などの兼業農家で、彼らが農業をやめると給料所得がJAバンクに貯金されなくなってしまう。また、多数の零細農家の減少は、農業票の減少に直結する。
だが、国民には何も問題はない。図表1を見てほしい。農業生産の8割は、売上額1000万円以上の課税事業者(大規模農家)が行っており、零細農家の撤退により、農地が集約されればさらに効率的な生産が増えることが期待できる。食料自給において何の問題もないのだ。
零細農家は益税を受けている
しかし、JA農協や農林族議員の政治力により、農家・農業経営体の免税事業者については、農協や卸売市場が農家・農業経営体の代わりに販売相手(卸売業者など)にインボイスを発行することが特例的に認められている。このため、免税事業者である零細農家でも流通過程から排除されないように手当てされている。
逆に、免税事業者の農家でも、農協や卸売市場を経由して販売すれば、販売した時の消費税を受け取ることができる。しかし、免税事業者なので、消費税を受け取っているのに、納税しない。1000万円の売り上げにかかる消費税は80万円、農薬等の仕入れにかかる税額が60万円だとすると、この農家は20万円を納税しないで懐に入れていることになる。これを益税という。零細農家は流通過程から排除されるどころか、特例的な救済措置を利用して儲けているのだ。税制上大規模な農家よりも優遇される零細農家は農業から退出しようとはしない。構造改革は進まない。
JA農協にとっては、この特例措置を受けるためには零細農家に自分たちを通じて販売するように誘導することができるし、これらの零細農家は農家というよりサラリーマンの兼業農家なので、これらの農家を維持して、そのサラリーマン収入をJAバンクの預金として活用することができる。消費税を利用した一石二鳥の特例措置だ。JA農協の政治力の賜物と言ってよい。

