消費ではなく共感の対象として

第一は新型コロナ禍だ。演劇やライブが軒並み中止される中、政府の持続化給付金の対象外とされたストリップ劇場は営業を継続せざるを得なかった。「人との接触が危険とされていた時代に、目の前に他人の裸がある。その強烈さがあった」(武藤さん)。

ライブやコンサートに通っていた人々の一部が「生のある空間」を求めてストリップ劇場に流れ込んできたと考えられるという。

第二は「ライブ体験」への渇望だ。音楽産業でCDなどの音源の売り上げが落ち込む一方、ライブの動員数は長年にわたって増え続けてきた。スマートフォンの普及とコンテンツのデジタル化が進む中で「生身の人間と同じ空間にいること」の価値が逆説的に高まっている。

「踊り子が小さな空間で客と向き合うストリップは、究極のライブだと思います。知らない観客同士が気軽に交流する、打ち解けた空気も楽しい」(同)

そして第三は、性や体に対する関心の変化だ。単なる性的イメージならインターネットでいくらでも手に入る一方で、ジェンダーやセクシャリティをめぐる認識が深まり、かつてとは「裸」のもつ意味合いが違っている。

「生まれもった自分の身一つで表現する踊り子の姿に、その人の生きざまや誇りを感じるという声は多い。消費の対象ではなく、共感をもって見る人が増えている」(同)

人気の踊り子とベテランの格差

ストリップという表現形式の特徴について、武藤さんは「踊り子が観客との双方向的な関係の中で踊ることで、独特の相互作用が生まれる。等身大の人間同士が、何も取り繕いようのない状態で向き合い、その中で踊りが成立している」と話す。

そうした状況の中で、踊りを見た観客が激しく感情を揺さぶられることも少なくない。武藤さんも、踊り子が踊る姿を見て、涙が止まらなくなった経験があるという。こうした「強烈な感動」は男女問わず多くの観客に起きており、それがリピーターを生む大きな要因だと武藤さんは分析する。

相田さんは現役の踊り子だ
撮影=朝倉祐三子
相田樹音さん。

だが、冒頭で見た活況は、業界のすべてを映しているわけではない。相田さんの見立ては厳しい。

「業界が盛り上がっているというのは、ごく限られた話だと思います。アイドル的な踊り子を乗せている、都内の一部の劇場などの話ではないでしょうか」

ここで、写真の存在が再び浮上する。冒頭で記した「長蛇の列」は、実は業界の構造的な問題と表裏一体だ。

写真の売り上げは全額劇場の収入となりることから、1枚500円の写真が1日で100枚売れるアイドル的な若い踊り子は劇場にとって「稼ぎ頭」であり、次の出演依頼が舞い込む。逆に写真が売れなければ、いくら踊りが優れていても仕事は減る。