「緊急事態条項は衆院だけの問題でない」

実は、国会での憲法改正をめぐる議論は、衆参両院でまったく別々のテーマで進められてきている。しかも、9条改正をめぐる論議でもない。衆院憲法審は、専ら緊急事態条項の創設が議題で、参院憲法審は、参院選合区解消を重点的に取り上げている。そして、相互にそれぞれの議題に関心がない。

こうした状況で、高市首相が参院選合区解消を優先するのは、憲法改正の当面の主戦場が参院だという現実があるのだろう。参院の与党会派は3分の2(166議席)に46議席も不足している。衆院が推進する緊急事態条項を創設するにも、参院の3分の2の賛成がないと、国会発議が適わないのである。

首相の憲法改正についてのブレーンである中曽根弘文自民党憲法改正実現本部長(参院議員)は4月24日、実現本部の会合で「緊急事態条項は衆院だけの問題ではない」と指摘したうえ、参院選合区解消に衆院側の理解が欠かせないとし、「衆参一体の議論が必要だ」との認識を明らかにした。

中曽根氏は、4月22日に発足した参院自民党の憲法改正実現議員連盟の会長でもある。松山政司参院議員会長、石井準一参院幹事長、有村治子総務会長らが発起人となった、この議員連盟は28年参院選までに合区解消との方針を掲げている。中曽根氏が20日に首相官邸で首相に会い、こうした思惑や政治日程を伝え、30日に行われた産経のインタビューに反映させた可能性もささやかれている。

国会議事堂が見える風景
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「緊急集会があるから改憲は必要ない」

衆院憲法審では、緊急事態条項について、自民、維新、国民民主、公明の4党が大災害時に国政選挙が実施できなくなる事態に備え、国会議員の任期延長を可能とすることで合意していたが、公明党は中道改革連合に合流した後、慎重論に転じている。内閣に「緊急政令」制定権を付与することには、自民、維新両党が前向きなのに対し、中道改革、国民両党が強く反対している状況だ。

参院各党は、国会議員の任期延長には概ね冷ややかだ。憲法54条2項に衆院解散時などに有事が発生した場合に、内閣が参院に「緊急集会」を求める規定があるからだ。自らの存在意義に関わるとあって、与野党を通じて「緊急集会があるから、緊急事態条項の改憲は必要ない」との声は少なくない。

これに対し、中曽根氏らは「緊急集会では緊急事態が長期にわたった時に対応できない」と、その限界を指摘する。憲法は衆院解散から衆院選までは40日以内、選挙から国会召集までは30日以内と定めており、緊急集会開催は最大でも70日程度と解されるためである。

だが、参院憲法審会長は、緊急事態条項の創設に反対する立憲民主党の長浜博行前参院副議長が務め、自民、維新の与党は議論の主導権を握ることはできていない。

参院で15議席を擁する参政党は「ひとたび緊急事態と認定されれば、国会審議や選挙が実施されず、国民が政治に参加する機会が奪われ、民主主義の基盤が失われる」として緊急事態条項に反対している。

自民党内には、圧倒的多数を持つ衆院憲法審で緊急事態条項や参院選合区解消の条文案を先行してまとめて国会に提出することで、参院憲法審に圧力を掛ける案も浮上している。

萩生田光一幹事長代行は、3月26日発売の月刊誌Hanadaのインタビューに「参院で3分の2がないと言われるが、たとえ空振りしても衆院は発議の準備をすべきだ」「世論が動けば参院議員も考えるはずだ」と述べ、衆院で手続きを先行させる考えを示している。