芸人ではなく「密室芸人」

たけしとさんまは、漫才と落語の違いがあるとは言え、ともに吉本と浅草の舞台から出発した芸人だ。

タモリの場合は、それとはまったく違う。ジャズピアニストの山下洋輔、漫画家の赤塚不二夫らのグループに偶然見いだされ、福岡から上京。素人として東京・新宿のスナックで限られた人数を前に夜な夜なオリジナルの怪しいネタを披露していた。

赤塚不二夫などの伝手でテレビに出るようになったタモリは、そのスナックで披露していた芸でカルト的な人気を得る。そこから付いた異名が「密室芸人」というものだった。

その頃タモリが得意としたのがでたらめ外国語である。少年時代ラジオからたまたま流れてくる台湾や韓国の放送に聴き入っていたというタモリは、類まれな言語感覚の持ち主だった。これが後に「ハナモゲラ語」という架空の言語を駆使したネタにもつながっていく。

有名な「四か国語麻雀」は、密室芸人時代の代表的なネタだ。国籍の違う4人が麻雀をしているという設定。その全員を、英語、中国語、フランス語、ドイツ語などをでたらめ外国語にしたものでタモリが演じ分ける。

麻雀
写真=iStock.com/Nyantanan
※写真はイメージです

わかってくれる人だけわかればいい

ネタの流れとしては、誰かのチョンボが発覚し、糾弾されるというパターン。しかもそこに登場するのがマッカーサー、毛沢東、ヒトラーであったりするので大きな“国際問題”になる。そこに昭和天皇の物まねが挟まれたりして、最後はカオスになる。当然、そのまま放送するのは不可能なので、テレビではかなりソフトにしていた。

当時タモリは、「面白さとはなにか」についてこう語っている。

「面白さって言うのは5、6人で酒飲んでワアワア言ってるときが非常に面白い訳で、それを何とか日常の自然な笑いの形で放送に出して見たいと考えた」(『放送批評の50年』)。

この言葉からも、舞台やテレビを通じて大衆を笑わせるところからスタートしたたけしやさんまとは、最初からまったく違っていたことがわかるだろう。いわば、わかってくれる人だけわかればいいという笑いである。

だから、タモリの笑いのコアには世間一般の常識からはみ出す過激さ、つまり「毒」があった。しかもそれをテレビやラジオのような世間一般向けのマスメディアにそのまま持ち込んだところにタモリの従来にない新しさがあった。